東京は、何度でもはじまる 建築家・辰野金吾が一生をかけて挑んだ密な首都の長所と短所

2020年5月11日 02時00分

東京駅と門井慶喜さん。辰野金吾が設計、1914年開業の東京駅は太平洋戦争で被災し、2012年復元(19年12月撮影、文芸春秋提供)

 東京五輪・パラリンピックは延期になり、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言が続くなど、苦難の中にある東京。そんな中、一冊の本が目に留まった。「東京、はじまる」(文芸春秋)。著者の門井慶喜さん(48)にその書名の意味を尋ねることにした。 (増田恵美子)
 「東京、はじまる」は日本初の建築家ともいわれ、現存する東京の代表的な建築物「日本銀行」「東京駅」(いずれも重要文化財)を造った辰野金吾(一八五四~一九一九年)の生涯を史実に基づいて描いた物語。
 江戸時代末期に今の佐賀県唐津市に生まれた辰野は、明治時代を迎えて江戸から東京へと名前を変えた街に上京し、工部大学校(現在の東大工学部)の第一期生となって、建築を学ぶ。英国留学から帰国後、低い建物ばかりの東京の風景を眺めながら、西欧のように「空を、なぜ使わぬ」と思う。「近代とは、都市への人口の集積」「人があつまる、東京をつくる」。明治政府による「お雇い外国人」の恩師、英国人建築家コンドルを出し抜いて、日本初の中央銀行である日本銀行を建築。さらに、大正時代にかけて東京駅も-。
 門井さんの取材は、やはり東京駅を眺めながら行いたかった。それがかなわない状況となり、大阪在住の門井さんにはパソコンの画面を通してお目にかかった。
 「辰野金吾という人は、強引に話を進める人だと思っていましたが、書いてみて実際そうでしたね」と、門井さんは語った。
 東京駅については、辰野が地震国日本を意識し、その死後に発生した関東大震災でもほとんど被害がなかったことなど、完工までの貴重な経緯がつづられている。また、駅の誕生自体についても。
 「当時の東京の駅といえば、北は上野、東は両国、西は今の飯田橋、南はもちろん日本の鉄道発祥の新橋。これらを結ぶ駅を、ちょうど空いていた真ん中につくることが当時の鉄道院の悲願でした。名称はずっと『中央停車場』で、『東京駅』と決まったのは開業直前。東京という地名は、大阪や京都のように古い地名ではなく、すんなり『東京駅』とはならなかったのではと思います」
 東京駅の真向かいの藪(やぶ)原を一大ビジネス街・丸の内にした建築家がコンドルならびに唐津の幼なじみ・曾禰(そね)達蔵だったこと、辰野も曾禰も少年時代に英語を学んだ高橋是清が、後に辰野が設計した日銀の総裁になったことなどなど、「食物連鎖のような」(門井さん)人間関係も魅力的だ。
 成功物語だけではない。晩年は「ビルディング」に対応できず、時代遅れになる辰野も描かれている。六十四歳で死去。死因は当時世界的に猛威を振るっていたスペイン風邪だった。
 「僕なんかから見ると、東京の街の長所と短所の原因は一緒なんですね。つまり人が密集しているということ。辰野金吾は一生を賭して、そのための建物を造った人ですが、そういう人が感染症で亡くなった。逆説的に言うと、辰野の死そのものが、辰野の仕事の証明をしてしまった」
 人と建物と時代と東京-これらが縦横に組まれた精巧な物語が、今の東京に投げかける問いの重さに絶句する。最後に、門井さんに書名に込めたメッセージを寄せてもらった。
 「東京ってすごく面白い都市。東京になってから百五十年しか経(た)っていないのに、実は何回も始まっているんですね。明治維新が始まった。関東大震災でやられても復興が始まった、第二次世界大戦で焼かれたけれども、また始まった。何度もひどい目に遭って、何回も始まっている。前回の東京五輪では近代から現代が始まったのかもしれない。今も困難な時期ですけれども、また始まる時期は来るのだと思います」
<かどい・よしのぶ> 1971年、群馬県生まれ、栃木県育ち。2018年、「銀河鉄道の父」で直木賞。慶喜は本名で、歴史好きの父親が徳川慶喜にちなんで付けた。大阪府在住。
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