<ブルボン小林 月刊マンガホニャララ> (13)令和の「猫型」は 道具を修理

2020年5月18日 02時00分
 『ドラえもん』の原作が連載開始から今年で五十周年だそうで、某ラジオ番組からその魅力を語ってくれと頼まれた。
 『ドラえもん』の魅力といえば誰もが「ひみつ道具」を思うだろう。ドラえもんは、さまざまな未来の道具でのび太くんの願望をかなえてくれる。そのかなえっぷりがなんというか、べらぼうで、基調になっている別の魅力がみえにくくなっている。
 そもそも、そこにドラえもんが「いる」こと自体が魅力的なのだ。現実にはあんな奴(やつ)と暮らすことはない。
 もちろん同作者の『オバケのQ太郎』がその面白さの先達だが、一人っこであるのび太君とドラえもんの「バディ感」はかなり強固で印象的だ。
 未知の、マスコット的な存在がただ「いて」くれる喜びを描く漫画は今日も描かれ、アップデートされ続けている。
 『ねこ、はじめました』はとても画期的な作。男子高校生があるとき事故で猫と入れ替わってしまい、何も知らぬ女子高生に飼われるようになる。『美女と野獣』やグリム童話の『かえるの王様』のような変身譚(たん)だ。

環方(わがた)このみ『ねこ、はじめました』 *『月刊ちゃお』(小学館)で連載中。既刊7巻。

 当然「なぜそんなことになったのか」「どうやって元の姿に戻るか」を描くサスペンス(に女子高生とのラブロマンスをからめたドラマ)になる、そう思っていたら、そーでもない。
 尻尾を踏まれてシャー! と毛を逆立てても、少ししたらすり寄ってくる現実の猫みたいに、この男子高校生、人間に戻る気持ちをしばしば忘れてしまう。忘れてどうしているかというと、ひたすらゴロニャンと女子高生に甘えるばかり。このゴロニャンぶりが入念で、描写に手抜きがないことに感心する。
 一方で、猫(や動物)に意志があって実は人間を観察している、随筆的なフィクションも『吾輩(わがはい)は猫である』を筆頭にたくさんある。「犬や猫って案外、こんなことを思ってたりして」という空想を動物の仕草(しぐさ)や挙動に当てはめることで、人間とのすれ違いのおかしさや、逆に共感も発生する。
 今作は、そういう漫画の趣が強めだ。でも「人間に戻らねば」という気持ちをまるで失ったわけでもない。時折、入院している男子高校生が(中身は猫で)登場してドキっとする。最新刊ではついに元通りに戻ったが、猫が(猫らしく)あっさり姿をくらませてしまう。二種類の漫画(サスペンスとエッセイ)の「あわい」を読ませられる、不思議な面白さだ。
 もう一作。『宇宙人ムームー』では地球の家電品の秘密を探る猫型宇宙人と、内気な女子大生がコンビになる。

宮下裕樹『宇宙人ムームー』 *『月刊ヤングキングアワーズ』(少年画報社)で連載中。既刊1巻。

家電の秘密を探る猫型宇宙人と女子大生のコンビ。DIYにも挑戦する=宮下裕樹『宇宙人ムームー』1巻から

 駄菓子や筋トレなど、キャラクターの掛け合いになにかの「蘊蓄(うんちく)」を「織り交ぜる」漫画が近年増えていて、今作では家電が語られる。ただ電子レンジや冷蔵庫の仕組みを教わるだけなら飽きただろう。今作はコンセントのセルフ修理、モーターの入れ替えなどのDIYをも描く。道具が能動的に動く様が漫画に躍動感を与えた(昭和の漫画は未来の道具を取り寄せ、令和の漫画は既存の道具を修理するのが不思議でもある)。
 大学のキャンパスに舞台を広げたことで、筋もキャラクターものびのび動きだした。方言ネタや男子との恋なども欲張りに取り入れており、猫型宇宙人は「いてくれ」るものの、影が少し薄くなったが、以後も楽しみに見守りたい。  (ぶるぼん・こばやし=コラムニスト)
 *次回は6月22日掲載。

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