田中優子・法政大総長 寄稿 大学生の皆さんへ 「自分の言葉を持つ」ために 未来を恐れないために

2020年4月27日 02時00分

田中優子・法政大

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、行きたくても大学に行けない学生、新入生の皆さん。読書をして過ごすのはいかがですか? なぜ本を読むのか。どんな本があるのか。田中優子・法政大学総長に、自らの読書体験を交えて教えてもらいました。
 2020年度の新入生は、大学に一歩も足を踏み入れることができないまま、新学期が始まろうとしている。この機会にこそ、視野を広げてほしい。私は大学に入ったとき「これで読みたい本が存分に読める!」と狂喜した。当時もロックアウトなどで授業はあまりなかったが本は読めた。授業で本に出合うこともあった。

〔1〕講談社文庫・836円

 入学した年の授業で出合った本が〔1〕石牟礼道子『苦海浄土』である。水俣病のむごさといわれない差別は、不知火海での自然豊かな漁師たちの生活を一変させた。病院でのすさまじい状況と当事者たちの心の中の言葉。その両方を記録した名作である。水俣で育った石牟礼さんは、自分の足元にも迫ってくる詳細のわかっていない病を観察記録しつつ、人々と苦しみを共有していった。彼らの言葉をひと言ひと言拾いながら「共有の方法」を発見していくのである。有事の際に苦しむ当事者に寄り添うとはどういうことなのか、この本が教えてくれた。
 何のために本を読むのか。その理由は、「自分の言葉」を持つためである。特別な体験を観察し書き留める。そのときの気持ちや考えたことなどを書き、語る。社会的な有事であっても自分だけの有事であっても、何を見て何を知り、何を感じ何を考えたか記録することで出来事を鳥瞰(ちょうかん)し、それを「知」にすることができるのである。

〔2〕早川書房・1430円

 今の状況下ではイタリアの作家〔2〕パオロ・ジョルダーノが『コロナの時代の僕ら』という著書をいちはやく出した。この本を読んでいると、目下の出来事を超スピードで言葉によってとらえるという、とても不可能に思えることが、もしかしたら私やあなたにもできるかもしれない、という気持ちになってくる。そういう勇気が出る本である。
 この本の中で、とても大事なことを言っている。「すべてが終わった時、本当に僕たちは以前とまったく同じ世界を再現したいのだろうか」という言葉だ。震災や洪水、テロや戦争、パンデミックなど大きな出来事と遭遇したことをきっかけに価値観が変わってしまうことがある。その変化には二つの可能性がある。ひとつは恐怖感に陥ってしまうことだ。もうひとつは、自分の生き方を考え直し、改めて創造する勇気をもつことだ。

〔3〕平凡社ライブラリー・1100円

 〔3〕内山節は『哲学の冒険』で「僕たちはいつでも未来を恐れている。…だから未来をうまく過ごせるようにしようと思って、いまの生活に焦ってしまう。それは僕たちが生きる目的や自分の生き方を確立していないからだ」と書いている。内山さんは15歳のとき「どう生きたらよいのか」に悩み哲学ノートをつけはじめた。そしてエピクロスの言葉に助けられて気づいたのが「哲学とは未来を恐れないためある」ということだった。読書は私たちが言葉を獲得し、独自にものを考えるためにある。漫然と読むのではなく、自らの言葉を書き付けよう。まずは「本をノートにしてしまう」という、とても取り組み易い方法を教えてくれるのは〔4〕松岡正剛『多読術』である。

〔4〕ちくまプリマー新書・902円

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