<江上剛のこの本良かった!>アメリカの知者に耳を傾ける

2020年3月2日 02時00分
 トランプ米大統領の就任以来、私たちの世界が一変しつつある。気候変動、米中対立、中東問題などなど、今までなんとか協調しようとしていた世界が対立と分断の世界に変わっていく。世界は、いったいどうなるのか。当事国アメリカの知者の声に耳を傾けたい。

◆「歴史から学べ」愚直に

 <1>『危機と人類(上・下)』(ジャレド・ダイアモンド著、小川敏子・川上純子訳、日本経済新聞出版社、各一九八〇円)
 ジャレド・ダイアモンドはベストセラー「銃・病原菌・鉄」(二〇〇〇年邦訳)などで、人類の文明の盛衰を環境破壊の観点から描いてきた。今回は私たちが直面する「今、そこにある危機」への具体的対処法だ。
 彼は、危機には「選択的変化」が重要であると説く。変えなくてもよい部分と、機能不全で変えなくてはならない部分との分別が必要で、そのためには「自身の能力と価値観を公正に評価する必要がある」とする。
 直面するアメリカの危機とはなにか? 格差、社会的流動性の低下、教育投資の減少などの中でも、政治的妥協の衰退による政治的二極化が最大の危機だと指摘する。「アメリカ人はメキシコとの国境沿いに壁をつくるのではなく、アメリカ社会の内部で機能している特徴と機能していない特徴の間に囲いをつくることを選ぶだろうか?」
 そして危機を増大させている特徴を変えていけるかどうかに、アメリカの未来がかかっているという。彼は悲観主義者ではない。アメリカの強みである民主主義に希望を持ち、指導者たちに本書全編を通じて「歴史から学べ」と愚直に言い続ける。

◆「数えること」で最善策

 <2>『21世紀の啓蒙(けいもう)(上・下)』(スティーブン・ピンカー著、橘明美・坂田雪子訳、草思社、各二七五〇円)
 著者は、アメリカの認知心理学者。人間の心理を深く研究し、啓蒙主義に依拠した考え方を展開する。啓蒙主義とは、人間の理性、科学、ヒューマニズム、進歩などに信頼を置く考え方だ。私たちは悲観的なニュースを見聞するたびに理性よりも感情に走り、悲観主義に傾く。それは「利用可能性バイアス」という人間の脳のバグに由来するらしい。これは、強く印象に残る記憶に判断が引きずられることでバイアス(偏り)がかかることだ。
 著者は、世界を正しく認識するには「数えること」が重要だと言う。テロや暴力で人々が亡くなるが、いったい何人なのか、増えているのか、減っているのか、定量的な判断が問題解決の最善策に導いてくれる可能性があるのだ。
 著者は最近のアメリカのポピュリズム台頭に危機感を抱く。反知性、反啓蒙主義の大統領が選ばれたからだ。しかし希望は捨てていない。前回の大統領選においてトランプ氏への一般投票での支持は46%でしかなく、投票したのは主に老人だ。ポピュリズムは老人の運動であり、やがて死を迎えると予測する。
 詳細かつ膨大な定量的データを駆使して私たちが直面している危機に真摯(しんし)に答えようとする本書は、失いつつある希望を取り戻させてくれるだろう。

◆インフレ容認に警鐘

 <3>『ボルカー回顧録 健全な金融、良き政府を求めて』(ポール・A・ボルカー、クリスティン・ハーパー著、村井浩紀訳、日本経済新聞出版社、三五二〇円)
 著者はインフレファイターとして名高い元FRB(米連邦準備理事会)議長である。彼は、優れた行政官であることに誇りを抱いているが、現在のアメリカ政府が機能不全に陥っているのではないかと危惧し、三つの基本原則を挙げる。それは「物価の安定、健全な金融、良き政府」だ。そのうちの物価の安定において著者は、日銀も含めて世界の中央銀行が目指す2%の物価上昇に対し「何を根拠にしているのか、私には見当がつかない」と批判する。
 デフレを恐れる人々は、ほんの少しのインフレを容認する。「本当の危険は物価上昇をこちらから促したり、不注意にも容認した時にやってくる」という著者の警鐘に耳を傾ける時が来ているのかもしれない。アメリカでは民主主義の危機が叫ばれるようになった。しかし著者は希望を失わない。「アメリカは最も古く、最も強固な民主主義国家ですよ。建国から200年もの間、ずっと生き残ってきたのよ」という著者の母の言葉がその希望だ。 (えがみ・ごう=作家)
 =おわり

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