書くことは人を確かにする… 「書く」を考える3冊

2020年4月6日 02時00分
 「書くことは人を確かにする」と語ったのは、英国の哲学者フランシス・ベーコンである。文字を記すことは、昔からわれわれにとって大きな意味を持つようだ。今回は「書く」という行為に焦点を当てた今話題の3冊を紹介したい。 (運動部長・谷野哲郎)

◆幸せな気分に包まれる

 手紙や小説、詩や作文。ひと口に「書く」といっても、さまざまな形がある。そんな中、「日記」を用いて深い洞察を与えてくれるのが、<1>乗代(のりしろ)雄介の『最高の任務』(講談社、一七〇五円)。スパイ小説と間違えるような硬い題名に反して、柔らかく静かに流れる日常をかみしめることができる一冊だ。
 主人公の「私」は二十三歳の女性。間近に迫った大学の卒業式に家族全員で参加すると聞かされ、戸惑う。小学五年生以来の卒業式だからという母の謎めいた言葉、唐突な行動は、どうやら亡くなった叔母に関係があるらしい。
 物語は幼少期の日記と卒業式後の家族旅行を中心に淡々と進む。情景描写に秀でており、文学への造詣も深い。隠された「任務」の内容が分かったとき、読者も幸せな気分に包まれることだろう。第百六十二回の芥川賞候補作。

◆人の悪意をあぶり出す

 <2>塩田武士(たけし)の『歪(ゆが)んだ波紋』(講談社、一七〇五円)は新聞記者たちが書く「記事」が主役。新聞、ネット、テレビといったマスメディアの「誤報」と「虚報」を巡って鋭く切り込む社会派小説は、昨年NHKでドラマ化されて話題を集めた。
 ひき逃げ死亡事件で誤報を出した新聞記者を描く「黒い依頼」、元同僚記者の自殺の理由を捜し求める「共犯者」-。五つの連作短編は、話題欲しさに、閲覧数欲しさに記事を捏造(ねつぞう)する人間の悪意をあぶり出す。個人的には、グリコ・森永事件を題材にベストセラーとなった『罪の声』よりも、本作を推したい。

◆それでも前に進みたい

 <3>砥上裕將(とがみひろまさ)の『線は、僕を描く』(講談社、一六五〇円)は「水墨画」の話。こちらは「書く」より「描く」と言った方がいいだろう。七日に決まる二〇二〇年本屋大賞のノミネート作でもある。
 大学生の青山霜介(そうすけ)はアルバイト先で水墨画の巨匠・篠田湖山(こざん)と出会う。なぜか湖山に気に入られて内弟子にさせられた霜介は、一から水墨画を学びながら、生きる意味を探していく。
 「まじめというのはね、悪くないけれど、少なくとも自然じゃない」。既存の枠から外れることができない霜介を見て、湖山先生は諭す。両親を交通事故で亡くし、喪失感に苦しんでいる霜介だが、墨をすり、線や点を描くことで次第に回復していく。
 「できることが目的じゃないよ。やってみることが目的なんだ」「わからないことがわかってくるから面白い。わからないって素敵(すてき)なことだよ」。読み手のわれわれが湖山先生に教えてもらっているような錯覚に陥るから不思議だ。
 「蘭(らん)に始まり、蘭に終わる」といった心得や「四君子(しくんし)」なる描法。水墨画家の作者が素人にも理解しやすく書いているから勉強になる。真っ白な紙に一本の線を引く勇気はあるのか。どのような線を描くつもりなのか。作者は問い掛ける。迷い、悩み、それでも前に進みたい若い世代に読んでもらいたいと思う。
    ◇
 冒頭のフランシス・ベーコンの言葉には前段がある。「読むことは人を豊かにし、話し合うことは人を機敏にし、書くことは人を確かにする」。言われてみれば、書くことで落ち着いたり、自分の気持ちに気が付くこともある。新型コロナウイルスで社会的混乱が続く今だからこそ、書くことの意味を考えてみたい。

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