本心<277>

2020年6月22日 07時00分

第九章 本心

 けれども、腕に仕込まれていたピストルが、ここぞ!というタイミングで長袖の下から飛び出し、銃弾を放つと、僕たちは、どちらからというわけでもなく、顔を見合わせて、暗がりの中で何となく笑った。
      *
 僕は、三好がイフィーと話し合うことを後押したが、イフィーには直接、連絡を取らなかった。状況は繊細であり、僕が彼の代理を務めて、二人の関係を悪化させてしまったのと逆に、今度は三好の代理として、余計な口出しをすることが憚(はばか)られた。
 それに、僕は正直なところ、自分の役回りをあまり滑稽すぎるものにしたくなかった。当面は、推移を耐えられる程度のものに保っておくべきだった。
 藤原亮治と改めて連絡を取り、ようやく、二月二十二日に面会の約束を取りつけた。
 母の死をきっかけとして解体しかけていた僕の人生は、その空白をどうにか埋め合わせながらまとまりを保っていたが、それでも、根本的に不安定なままなのは、僕自身の出生を巡る混乱のせいだった。
 母が生涯、隠し続け、嘘(うそ)まで吐(つ)いていたことが何だったのか、僕はやはり知りたかった。
 僕の父親は、誰だかわからない人だ。それを知ることに、どんな意味があるのか。とにかく父は不在で、ただ、東日本大震災の時に、ボランティアに行くような人であり、その時に母と出会い、僕をディズニーランドに連れて行ってくれるような人のはずだった。そのエピソードがすべて嘘で、まったく違った父親像が、今、具体的に与えられたとして、それが一体、何なのか。
 わかったところで、三好やイフィーとの関係が変わるわけでもない。――そう、一旦(いったん)は考えたものの、そうでもない気がした。僕という人間が、もし、その事実によって、何か根本的な変化を被ったならば、他者との関係も影響を受けずにはいないだろう。そして、関係が変われば、また僕自身もそのままではいられないという循環。……
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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※6月18日付紙面掲載

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