荒波の今 “えびす”さまざま 定番覆す不思議なお姿 神田明神に

2020年6月19日 08時14分

神田明神のえびす像について語る岸川雅範さん=いずれも千代田区で

 ふくよかな体で、めでたいとばかりにタイを抱く。商売繁盛の神「えびす様」だ。そんな定番のイメージを覆す不思議なえびす様が江戸総鎮守・神田明神に鎮座する。知る人は多くないが「病気平癒」の御利益まであるという。コロナ時代に新たな信仰を集めるか。

思わず「誰?」と言いたくなる神田明神のえびす像

 うねりをあげる波の中、童子のようなかわいらしい顔をした像が立つ。二〇〇五年に建立された「えびす像」。元東京芸術大学学長で金属工芸作家の宮田亮平さんが手掛けた。
 宮田さんは「制作にあたって」として、以下のような文章を残している。
 「…どこにも無いえびす様を制作したいと考え、お話をお伺いしたところ、なんとえびす様は、海のかなたから、小さな木の実の舟に乗って来臨され、大きなだいこく様と力を合わせ、日本という国をお作りになった…。心が騒ぎました」

神田明神の境内

 手のひらに乗るような小さな神、少彦名命(すくなひこなのみこと)の神話が作品のモチーフになった。別名・大国主命(おおくにぬしのみこと)でだいこく様と同一視される大己貴命(おおなむちのみこと)、新皇と自称して関東独立を果たそうとした平将門とともに、えびす様は、神田明神の祭神になっている。
 えびすとは何か。「えびす信仰辞典」(戎光祥出版)によると、神社により正体はさまざまある。「えびすとは『固有名詞』ではなく『普通名詞』」なのだ。現在、広く知られる七福神の姿は、室町時代の末期、京都の町衆文化の中で成立したと考えられている。
 庶民が親しみを込め「えべっさん」と呼ぶ西宮神社(兵庫県西宮市)が総本社の蛭子(ひるこ)神系、美保神社(松江市)が総本社の事代主(ことしろぬし)神系が、えびすの二大勢力を占める。少彦名命は少数派だ。神田明神では一八七四(明治七)年、将門が祭神から外れ、境内の摂社に移されたとき、代わりに祭られた。将門は一九八四年、祭神に復帰した。
 えびすとなった神々に共通するのが、海との深い関係だ。神話ではイザナギ、イザナミの子である蛭子は手足がなく、船に乗せて流された。大国主命の子の事代主は魚釣りをしていた。
 「鯨の化身」と呼ばれることもある。これにちなみ、エビスビールの工場があったことが地名の由来となった恵比寿(渋谷区)の商店街で、鯨を食べるイベント「鯨祭」が二〇一三年から毎年開かれていた。古くから捕鯨で栄え、東日本大震災で被災した宮城県石巻市との交流につなげている。
 伊予の国(愛媛県)でかかった病気を、道後温泉の湯で治したという伝説などから、少彦名命は「医薬の祖神」とされる。少彦名命を祭る神社は「病気平癒」「健康」の御利益をうたうことが多いが、神田明神広報担当の禰宜(ねぎ)、岸川雅範さん(46)は「あまりPRはしてこなかった」と言う。神田明神のえびす様といえば都心のビジネスマンが詰め掛ける一月四日の仕事始めのにぎやかなイメージ。商売繁盛の神そのままだ。

130周年記念のエビスビール。誰もがイメージする「えびす様」だ=サッポロビール提供

 コロナで別の顔が注目されるかもしれない。「今、多くの人が願うのは何ごともなく穏やかに生きていくこと。えびす様の新しいイメージが広まる可能性はある」と岸川さん。今年は、エビスビールの誕生から百三十周年。何やら功徳もありそうだ。

歌麿が描いた七福神の浮世絵。えびす様は一番下の左


初代鳥居清峯の鯛を掲げたえびす様の絵(1811〜14年)


3代歌川国政(4代歌川豊国)の「めで鯛」(1837〜46年)。「めで鯛」で「めでたい」という洒落(しゃれ)を掲げるだいこく様と、絵を描くえびす様のめでたいツーショット。他にも鶴、亀など縁起のいいものが=いずれも神田明神所蔵


文・浅田晃弘/写真・沢田将人
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