「いち人間」ゆえの本音 『裁判官失格』 元裁判官の弁護士・高橋隆一さん(73)

2020年4月26日 02時00分
 何とも衝撃的なタイトルだ。さぞや、司直にあるまじき行為への懺悔(ざんげ)が赤裸々に語られているのかと思いきや、貫くテーマは「裁判官も、いち人間」。訴訟の中で情にほだされたり、判決で葛藤したり、法廷で怒りをあらわにしたり…。黒い法服に身を包んだ謹厳実直なイメージを覆す人間味あふれる裁判官の本音を率直につづっている。
 著者は一九七五年の任官以来、二〇〇六年に退官するまで盛岡、横浜、八戸、東京、旭川、千葉、郡山などの各地裁・支部で、民事・刑事・家事・少年と多種多様な事件を担当。「上を目指すわけでもなく、地方と大都市を往復する、ごく普通の裁判官」だった。
 これまで、元裁判官の著書と言えば、高尚な回想録の一方、司法批判といった内容が中心。退官から十年以上がたち、「もう昔のことだから書ける。普通の裁判官のことを知ってもらおう」と筆を執った。
 中身は実に正直だ。裁判官になった理由は「休暇がとりやすい」から。学生時代には高山蛾(が)の採集に熱中。登山やスキーなど多趣味な身には魅力的だった。
 刑事では、死刑判決を出さざるを得ないような重大事件の担当を免れると「ホッとした」。検察の求刑の八割という「無難な判決の誘惑と戦うのは容易ではない」とも明かす。民事は、どれだけ証拠を出せるかで決まるような面があり、裁判所が「事実として確定したこと」が真実でないことがあると今も思っている。
 一方、罪を犯した少年への温かなまなざしも。自身の説諭で悔い改めてくれた際の喜びや、親身になって更生を手助けしていた先輩裁判官のエピソードなども紹介している。「東京・浅草の下町育ちだったので、周囲にいろいろな子どもがいて、彼らの気持ちが分からないでもなかった」
 千葉地裁時代に担当した東京電力の思想差別事件では、当初書き上げた判決文が二千ページにも及んだという苦労話に代表されるように多忙ぶりも伝える。その上で、やすきに流れ、要領良く事件を処理する裁判官が出世しがちな実態には警鐘を鳴らす。
 世間一般と懸け離れた「法律の世界」に生きる裁判官。市民感覚とのズレは永遠の課題だ。その距離を縮められるのは、「いち人間」であることを自ら発信している「失格裁判官」たちかもしれない。SB新書・九一三円。 (清水祐樹)

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