時間にあらがう生き方 『罪人の選択』 作家・貴志祐介さん(61)

2020年5月3日 02時00分
 二年半ぶりの新刊は、ホラー、SF、ミステリのジャンルで活躍してきた作家活動を一望できる作品集。三十年以上前に発表した哲学的な短篇から、架空の生物の脅威をつづった近年の中篇まで、執筆時期も内容も多様な四作を収録する。
 各作品は独立しているが、十八年を隔てた二人の男の命がけの選択を描く表題作をはじめ、いずれも「時間」が重要なテーマ。「権力者も国家も企業も、人類さえいつかは滅びる。最強の支配者である時間に、人間がどうあらがって生きるかが、自分の根本にある」
 収録の短篇「夜の記憶」は、本格デビュー前の一九八七年、初めて雑誌に掲載されたSF。異形の生命体と、バカンスを過ごす夫妻の物語が交互に語られ、やがて意外な形で結びつく。人間の定義や意識のありようを問う主題、謎と不穏が漂う展開は、日本SF大賞を受けた代表作『新世界より』に通じる。「人間もただの生き物にすぎない。文章はずいぶん今と違うが、考え方は驚くほどに変わっていない」
 新型コロナウイルスの感染が広がっている現在を想起させる一篇もある。二〇一五年~一七年に発表した中篇「赤い雨」。生態系を支配し、死に至る病を引き起こす藻類・チミドロの繁殖した世界を描く。「非常に不寛容な生物が地球の覇権を握ったら」という、人間を脅かす存在のアイデアから生まれた。
 汚染された赤い雨が降る中で、女性研究者の橘瑞樹が治療法を探す。人類は安全なドームの内部で暮らす者と、外のスラムで生きる者に分けられている。瑞樹は内外を行き来し、自らを含めた人々が抱く悪感情や死の恐怖に直面する。
 人類が、ここで描かれたような危機に対処しようとするとき「一つの悪が、想像力の欠如」とみる。現実社会のコロナ禍でも、他者への配慮に欠けた言動や外国人差別が、いつも以上に浮かびあがっている。「人間は恐怖から逃れるために何でもしてしまう。だが今こそ、想像力を発揮して考えるべきだ」
 作中でチミドロとの戦いは数千年続くと予想されるが、瑞樹はあくまで未来を見据える。「自然は人間に忖度(そんたく)しない。心がない存在は諦めてくれない。だから人は思いをつないで、長い時間を戦い抜くしかない」 文芸春秋・一七六〇円。 (谷口大河)

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