里山守った市民の力 『「関さんの森」の奇跡』 一橋大名誉教授・関啓子さん(71)

2020年4月12日 02時00分
 千葉県松戸市の北部にある「関さんの森」を三月下旬に訪ねると、樹齢百年を超すソメイヨシノは見ごろを迎え、フジザクラが満開だった。屋敷林や庭、梅林などから成る二・一ヘクタール。貴重な里山を残そうと活用されている。森の中には、関啓子さん(71)が姉美智子さん(84)とともに住む。
 「小学生や園児の体験学習が多いんです。東京や埼玉からも来るんですよ」。自宅前の庭を、啓子さんが笑顔で案内してくれた。
 本書は、森を貫く市道計画が自然を極力損なわないよう計画変更されるまでの市民の取り組みの記録。森は、父武夫さんが一九六七年、屋敷林(一・一ヘクタール)を地域に開放したのが始まり。その後、里山を守ろうと集まった市民らが「関さんの森を育む会」をつくり、九六年から活動を開始する。
 現在、五百五十六種の植物と昆虫が確認できる。育む会は、豊かな自然を生かした環境学習のプログラムを開発。江戸時代に建てられたという蔵や門などを生かしたエコミュージアムも立ち上げた。そんな折、市が都市計画道路の強制収用手続きに着手すると発表。二〇〇八年七月のことだ。
 会の市民らは、未来に残すべき森の自然や生物多様性、多くの人に利用されてきた公共的な空間であることを訴え、同時に道路迂回(うかい)案を提示。シンポジウムなどを開いて議論を広げた。当時の市長の現地視察と地権者である美智子さんとの対話を経て、〇九年二月に直線道路をカーブに変更する市道建設に基本合意。一九年五月の市都市計画審議会で計画変更が決まった。
 「子どもたちが遊んでいる姿を来年は見られないかも、と弱気になったこともありました。父亡き後、保全に取り組んできた姉と、発足して二十四年になる会が、ゆっくり森の公共性を紡いできた。市民が丁寧に公共性を育て、一緒にまちづくりをしませんか、と提起したことが大きかったんです。計画、実行、反省して前に進む。市民の力ってすごいなと思いました」
 執筆したのは、インターネット署名も含め全国で協力してくれた人たちに感謝を伝え、自然破壊に苦しむ人たちにエールを送りたかったから。読者から逆に「書いてくれてありがとう」とたくさんの声が寄せられ、驚いた。
 「記録を書き上げた今なら、血の通った学術書が書けるかも」と笑う。
 新評論・二六四〇円。 (北爪三記)

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