激動の時代、歌とともに 『古関裕而の昭和史 国民を背負った作曲家』 近現代史研究者・辻田真佐憲(まさのり)さん(35)

2020年4月19日 02時00分
 古関裕而(こせきゆうじ)(一九〇九~八九年)の名は知らなくとも、彼が紡いだメロディーを一度は耳にしたことがある人は多いだろう。「♪若い血潮の予科練の…」の軍歌「若鷲の歌」、阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」、原爆の鎮魂歌「長崎の鐘」、六四年東京五輪の開会式の入場行進曲「オリンピック・マーチ」、夏の全国高校野球選手権の大会歌「栄冠は君に輝く」…。NHK連続テレビ小説「エール」の主人公のモデルとなった、昭和を代表する大作曲家である。
 本書は『文部省の研究』『大本営発表』『ふしぎな君が代』などの著作がある気鋭の研究者による評伝。小学生当時から軍事史、戦史に興味があり、「♪勝って来るぞと、勇ましく」の軍歌「露営の歌」で初めて古関の存在を認識したという。「昭和全般に活躍した古関の人生を通して、昭和史もたどることができる」との思いを深め、初めて評伝に挑んだ。
 クラシックへの思いを秘め、大衆音楽家として歩んだ古関。戦中は勇ましくも哀愁を帯びた数々の軍歌を手掛け、終戦直後はラジオドラマ「鐘の鳴る丘」の主題歌「とんがり帽子」で全国の茶の間を明るく包む。戦後復興と高度経済成長の下、躍動感ある古関メロディーを社歌に採用した企業は枚挙に暇(いとま)がない。「自身の曲で兵士たちが戦地に送られたことには心を痛めていた。激動の昭和を背負わされた、まさに昭和史の写し鏡のような存在です」
 声楽家を夢見た縁で古関と結ばれた妻金子(きんこ)。ヒット作のない夫がレコード会社から契約解除されそうになった際には、幹部の前で熱弁をふるう。戦後は株式投資に熱中、株式新聞にもインタビュー記事が掲載された。「穏やかな性格だった古関の生涯で金子の存在は極めて大きいと思う。前に出て行く積極性に随分感化されたのではないか」
 古関は金子の取引先、山一証券(九七年に経営破綻)の社歌も手掛けている。
 取材の過程で、戦前のレコード印税計算書、レコード製造枚数など関係先に眠っていた貴重な内部資料を発掘して当時の業界事情を明らかにし、古関が“副業”として「変名」で作曲していたことも実証した。
 「人物を通して昭和史をたどるのは有効な手段だと感じた。昭和は日本が世界に最も影響を与えた時代。手軽に接近できる昭和史の入門書として手にとってほしい」 文春新書・一〇四五円。 (安田信博)

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