真実のため愚直に 『伝説の特捜検事が語る平成重大事件の深層』元東京地検特捜部長・熊崎勝彦さん(78)

2020年3月22日 02時00分
 一九九〇年代後半、東京地検特捜部の若手検事たちは仕事を終えると、いくどとなく特捜部長室に招き入れられた。部屋の主は、「特捜の申し子」と言われた熊崎勝彦さん。自らが手掛けた事件を身ぶり手ぶりを交えて語って聞かせ、若手もつい引き込まれて夜が更けていったという。
 東京地検特捜部が「最強の捜査機関」と呼ばれたころの特捜部長で、退官後はプロ野球コミッショナー。そんな熊崎さんが、これまで後進らにしか語ってこなかった特捜事件の秘話を初めてつまびらかにしたのがこの本。同時代にNHKの司法記者だったジャーナリスト鎌田靖さんが聞き手となり、延べ二十五時間のインタビューをまとめた。
 一九四二年に岐阜県下呂市に生まれ、苦学して三十歳で検察官に。検事生活約三十二年のうち十一年余りを東京地検特捜部で過ごし、リクルート事件、金丸信元自民党副総裁の巨額脱税事件、ゼネコン汚職事件、大蔵省の汚職事件など数々の重大事件に携わった。半生を振り返れば、そのまま平成の事件史をたどることができる希有(けう)な人だろう。
 語られるのは、大物政治家からも供述を引き出す「割り屋」で鳴らした本人の活躍より、証拠と職に愚直であろうとした当時の特捜部の実像だ。権力に対する最後の砦(とりで)として、潜行捜査でヒタヒタと対象に迫る。「経済や社会が前へ進めば、その後ろで泥やほこりがたまる。特捜の仕事はこれを掃除してきれいにするドブさらい」と表現する。
 自身は検察の輝かしい時代を生きたが、本の終盤では、退官後に起きた大阪地検特捜部の証拠改ざん隠蔽(いんぺい)事件など負の部分にも触れ、「おごりもあったかもしれない」と素直に認めた。そして、政治とも、いかなる勢力とも距離を置き、「真実の前には頭(こうべ)を垂れよ」と説く検察論は、厳正公平を旨とするこの組織の根幹ともいえる。
 ところで、熊崎さんが特捜部時代に指導した若手の中に、同郷の下呂市出身の検事がいた。「私と同じ山間部の高校から約二十年ぶりに司法試験に受かった彼に、検事にならないかと勧めた」。その検事がいま、東京地検特捜部長となり、前日産自動車会長カルロス・ゴーン被告を巡る事件などを指揮することになるのだが、こうしたエピソードも本書で紹介されている。中公新書ラクレ・一〇七八円。 (浅井俊典)

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