世間を疑う人描く 『流人道中記』(上)(下) 作家・浅田次郎さん(68)

2020年4月5日 02時00分
 新選組隊士となった田舎侍が主人公の『壬生義士伝』から、若殿が藩の財政赤字に立ち向かう『大名倒産』まで、発表した時代小説はすべて江戸末期に焦点を当ててきた。
 「物心ついた昭和三十年ごろは、まだ江戸時代生まれの人が周りにいてね。百五十年の間に国の形が変わるようなことが何度もあったから遠い昔みたいに思うけれど、意外と近いのよ」
 今作も、万延元(一八六〇)年が舞台。三十五歳の旗本・青山玄蕃(げんば)は、姦通(かんつう)罪で切腹を命じられるが「痛えからいやだ」と拒み、代わりにお家取りつぶしと蝦夷地への流罪が決まる。十九歳の見習与力・石川乙次郎が、玄蕃を引き渡す役となり、ともに奥州街道を北上することになる。
 押送の路中、二人はさまざまな事情を抱えた人たちと出会っていく。亭主を亡くした旅籠(はたご)の女将(おかみ)、父の敵を探し続ける侍、無実の罪をかぶった少年…。口も態度も悪い玄蕃だが、時に機転を利かせ、彼らを救う。
 そんな「罪人」の姿は、乙次郎に疑問を投げかける。人が人を裁くとはどういうことか。法とは、家とは、武士道とは-。終点に近づき、玄蕃が犯した罪の真実が明らかになるにつれ、問いはますます深まっていく。
 単なる人情話に終わらせないのは「小説はテーマが大切」との考えから。六百ページ超で描きたかったのは「世間や社会を疑う人の姿だった」という。「平和な時代が二百六十年も続くと安住して懐疑しなくなる。そこに対して疑ってかかるのが玄蕃の生き方なんだ。現代も、懐疑する人がいなくなったからさ。狭い視野でしかものを考えないでしょう?」
 昨秋、文化分野で業績のあった個人らを表彰する「菊池寛賞」を受けた。『蒼穹(そうきゅう)の昴(すばる)』や『鉄道員(ぽっぽや)』『終わらざる夏』など、多彩な作品で平成の文学界をリードしてきた作家は今も、自著を毎日一時間かけて読み返す。「早い話がナルシシスト」と笑うが、そこには小説を書くことへの姿勢がにじむ。
 「過去の自分に恥じないような小説を書きたい、と思う。読み返して『この頃は未熟だった』とか、そういう小説を書いちゃいけないんだ。そんなふうに一生懸命書いていれば、自然と過去の自分に敬意を持つし、未来の自分を恐れず書けるでしょ。まだまだ書ける」
 中央公論新社・各一八七〇円。 (世古紘子)

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