名に宿る 歴史や物語 『地名崩壊』 地図研究家・今尾恵介さん(60)

2020年2月16日 02時00分
 東京のJR山手線に三月十四日、約五十年ぶりの新駅「高輪(たかなわ)ゲートウェイ」が開業する。駅名公募では百三十位にすぎず、一位は歴史ある地名「高輪」だった。ゲートウェイはJR東日本が進める再開発のプロジェクト名の一部。今尾さんは「商業的な思惑を帯びた夾雑物(きょうざつぶつ)を、公共財である駅名に持ち込むのはふさわしくない」と切り捨て、「新しさを出そうとしたのだろうが、『ダサい』という声を若者からよく聞く。その感覚に期待したい」。
 中学一年の時、社会科の授業で教師が持参した「二万五千分の一の地形図」に接し、「土地の風景が見えてきて興奮した」ことが今日の活動の原点。全国各地の地形図を買い集め、地名、鉄道と興味の対象はどんどん広がっていった。特攻基地で知られる鹿児島県知覧町(現・南九州市)の「池之河内(いけんこつ)」という方言的な地名の読み方に感動した。秋田県由利本荘市の「雪車(そり)町」は「物語があることをイメージさせ、地名愛を感じた」と明かす。当時から珍地名や難読地名はノートに書き写し、研究の大きな礎となっている。
 土地の自然や歴史、人々の記憶と結び付いた地名は明治以降、徐々に姿を消してきた。東京では関東大震災後の町名地番整理、戦後の住居表示法と二度の大規模な「地名破壊」に見舞われ、一九九九年に始まった平成の大合併では全国各地で由緒ある自治体の名前が消滅、変形した。「中心となる自治体に併合されるイメージを避けようとして、ひらがな表記や無味乾燥な名前が考案されたのです」
 近年は、レイクタウン(埼玉県越谷市)、メルヘンランド(富山県小矢部(おやべ)市)、テクノプラザ(岐阜県各務原(かかみがはら)市)などカタカナの町名も続々誕生。「歴史的地名に比べて、イメージ重視で底が浅い」と指摘する。
 本書では、東日本大震災後、特定の漢字が含まれた「災害地名」が流布する風潮にも警鐘を鳴らす。「地名のエリアにはいろいろな地形がまざっている。地名だけで土地の安全性を論じるのは、無意味です」
 さまざまな形で加速する「地名崩壊」の波。「いつ、どこで、誰が、何をしたか」から「どこで」が失われれば、「歴史のとらえどころがなくなってしまう」と強調する。「建造物と同じように歴史が宿っている地名を、こんなにおろそかに扱っていいのでしょうか」。角川新書・九四六円。 (安田信博)

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