古典から読み解く資質 『才徳兼備のリーダーシップ 論語に学ぶ信望』横綱審議委員長・矢野弘典さん(79)

2020年3月1日 02時00分
 『論語』や『大学』『中庸』『孟子』を若手の企業経営者や子どもたちと学ぶ勉強会を長年続けている。「中国古典はリーダー論の宝庫」との信念を一冊にまとめた。
 儒教の「四書」であるこの四作を初めて通読したのは、東芝で労働課長をしていた四十年前。賃上げなどを巡って労働組合と経営側の間で板挟みになり、「生きることのよりどころが欲しくなった。右顧左眄(うこさべん)(周囲の様子をうかがって決断をためらうこと)をしない自分自身をつくりたいと思った」と振り返る。
 孔子は『論語』で、立派な人物に求められる第一の条件としてこんな言葉を挙げている。
 「己を行いて恥あり」
 天にも自らにも恥ずかしくない言動を積み重ねることが、目先の成果よりもずっと大事。「企業経営も同じですよ。数字を無視した経営はありえないけれど、やっぱり“社徳”がある会社が長生きする」。東芝ヨーロッパや日経連(現在の経団連)の要職を歴任し、その思いを強めた。
 吉川幸次郎監修『論語』(朝日文庫)や渋沢栄一の『論語講義』(講談社学術文庫)、山本七平の『論語の読み方』(文芸春秋)など手当たり次第。朝夕の通勤電車やトイレで、休日の居間で、「四書」の訳本や解説書を読みふけった。
 二〇〇六~一〇年に中日本高速道路の会長を務めた際、複数の災害に見舞われたことも古典を何度も読み返すきっかけになった。豪雨や地震で高速道路網が寸断されたり、路肩が崩落したり。復旧作業に追われる一方で、「高速道路が堤防代わりになって、うちの土地が土砂崩れから守ってもらえた」と住民に感謝されたのが印象深い。
 「人智の限界を知れば知るほど、謙虚に『祈りの経営』に徹したいと考えた。運を天に任せるのではなく、むろん弱気になるのではなく、『天命を信じて人事を尽くす』」
 横綱審議会の委員長としては、横綱白鵬の乱暴なかち上げに苦言を呈したことがある。そんな時、頭に浮かんだのも中国古典だった。『菜根譚(さいこんたん)』の一節で「鶯花茂(おうかしげ)くして山濃(こま)やかに谷艶(えん)なる、總(すべ)て是れ乾坤(けんこん)の幻境なり」(自然の美しさはひとときの夢のようなもの)。順境におごらず、逆境にもめげず。力士とも共有したい教訓だという。時事通信社・一九八〇円。 (清水俊郎)

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