つらい現実を上機嫌で 『交通誘導員ヨレヨレ日記』 交通誘導員・柏耕一さん(73)

2020年2月9日 02時00分
 シャンとしろと言われても、できない場合がある。年を取ればなおさら。そんなヨレヨレな読者の共感を呼んだのか、刊行半年で八刷五万五千部に達した。
 柔らかな表情で信号灯を振って車両を誘導する柏さん。警備員の世界に入ったのは二〇一四年十一月。満六十八歳だった。「夜明け前の午前四時ごろがいちばん寒かった」と振り返る。
 「清掃は重労働だと聞いたし、老人介護は食事も下(しも)の世話もつらい。だいたい年寄りが嫌いですから…」
 交通誘導の警備員になったのはそんな事情だ。全国で約五十五万人という警備員の四割強を六十歳以上が占め、八十歳超もいるシルバー職場。「警備は、天候に左右されず、収入が見込みやすい学校や病院の施設警備もあれば、現場が毎日変わり、雨だと仕事がないが、休みやすいという交通誘導もある。高齢者でも求人が多いのは交通誘導員なんです」
 新たに誘導員を紹介すると分割などで七万円をくれる会社もある売り手市場だが、「誰にでもなれる」かというと、そうでもない。「路上で警備していて仕事を紹介してほしいと言われますが、不潔だったり、コミュニケーションに難があったりでは雇われません」
 耳がちぎれそうな極寒、目まいのする炎天下。そんな肉体的なつらさだけでなく、精神的つらさがあった。結核で高校を中退するなど頑健ではない柏さんを苦しめたのは、本で淡々と書かれている、いじめだった。
 「警備員の大部分は真面目な人です。読んでもらわないといけないので、本では極端な例を挙げ、私も恥をさらしました。幸い本が売れてきましたが、飲む酒は相変わらず缶酎ハイ。税金の未払い分など負債の返済が少し残っています」
 柏耕一はペンネームだ。明星大を卒業後、幾つかの仕事を経て編集プロダクションを経営していた。本田健(けん)の『ユダヤ人大富豪の教え』などベストセラーも手掛け、出版バブルも経験したが、ギャンブルが好きなせいもあって会社を清算。警備会社を四つ移りながら出版の仕事もしてきた。
 「今回の本のヒットの背景には、高齢者が死ぬまで働かざるを得ない時代状況があります。上機嫌で生きるのも人生、不機嫌で生きるのも人生。現実が変わらないなら上機嫌で生きようと思っています」
 柏さんは「もうひと花咲かす」と書いており、発行元は十万部を目指している。コミック化の話も進行中だという。三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売・一四三〇円。 (中村信也)

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