人間をまっさらな目で 『生命式』作家・村田沙耶香(さやか)さん(40)

2019年11月17日 02時00分
 「小学生の時、ゴキブリを初めて見て、きれいだ!って思ったんです。薄茶色の、角のないカブトムシみたいで…」。村田さんは、ふんわりした口調でこう話し始めた。ところが、父親と兄が血相を変えてたたき殺し、一瞬にして印象が変わった。「明らかに普通の虫と違う汚らわしい存在として扱っていた。それを見たら怖くなった」
 三年前、『コンビニ人間』で芥川賞を受賞し、三十カ国で翻訳出版が決まった。受賞時に「人類を裏切る作品を書いていきたい」と語った。本書は、その言葉通りの異色短編集となっている。
 表題作の舞台設定は、人口が激減した日本。葬式は「生命式」と呼ばれる。なぜなら亡くなった人の肉を料理して食べ、気が合った参列者が交尾して受精し、新たな生命を生む儀式に変わっているからだ。
 主人公の三十代の女性会社員は、親友だった同僚男性・山本を事故で失う。通夜振る舞いは、湯気を上げる「山本のカシューナッツ炒め」「山本の肉団子のみぞれ鍋」「山本の塩角煮」…。参列者は夢中でハフハフと「山本」を平らげる。
 幼い頃はタブーだった人肉食は、三十年後に「人間の本能」になっている。いつの間にか世間の「常識」が変わったことに困惑する主人公に、生前の山本は「常識とか、本能とか、倫理とか、確固たるものみたいにみんな言うけどさ。実際には変容していくもんだと思うよ」と語りかける。
 人間は「種の存続」を円滑に進めるために物語をつくり出す。それが「恋愛」ではなく、「人肉食」になっているだけなのだ。
 さらに著者は「本能」だけではなく、「本当の自分」が存在するという考え方にも疑問を投げかける。
 「孵化(ふか)」と題した作品は「周囲の人々が望む自分」を演じるうちに、小・中学校では優等生、高校時代は天然キャラと、多重人格のようになった女性が主人公だ。結婚式が迫り、「どの『私』がいい?」と真剣に婚約者に聞く。混乱する相手を納得させる結末に爆笑した後、怖くなる。
 「設定が気持ち悪い」という思いは、読みながらいつの間にか消える。著者があまりに真摯(しんし)だからだ。
 「人間は周囲を模倣して生きる、文化の入れ物にすぎないと思うことがある。まっさらな目で見たらどうなんだろうといつも想像しています」。河出書房新社・一八一五円。 (出田阿生)

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