少年と犬 馳星周(はせ・せいしゅう)著

2020年6月21日 07時00分

◆機能不全の日本、飼い主に重ね
[評]杉江松恋(書評家)

 犬と家族の小説である。
 日本列島を縦断しながら孤独な旅を続ける犬を狂言回しに、彼と出会うひとびとの人生を連作として描いていく。
 中垣和正は、コンビニエンスストアの駐車場でひとり佇(たたず)む犬・多聞と出会い、餌をやって世話をするようになる。和正には若年性認知症のために体調を崩してしまった母親がいる。そのために金が要るのだ、と自分に言い訳をしつつ、彼は窃盗団の運転手を務めるようになる。助手席に多聞を乗せながら。
 巻頭の「男と犬」はこのように始まる。東日本大震災直後の岩手に設定されており、被災のために多聞は飼い主とはぐれたのではないか、という可能性が初めから示されている。岩手から新潟、富山、滋賀と多聞は移動し、行く先々でかりそめの飼い主と出会う。というよりも、欠落を抱えた者たちが多聞を必要とするのだ。今はそこにいない家族の代わりに胸の穴を埋めてくれる存在として。
 たとえば「泥棒と犬」のミゲルは極貧の幼少期を過ごした男だが、そのとき自分と姉を守ってくれた犬・ショーグンがいなくなった両親代わりだった。同じようなぬくもりを多聞に求めようとするのだ。「娼婦(しょうふ)と犬」の美羽は、悪い男に傷つけられた心を癒(いや)してくれる者を必要としていた。
 「夫婦と犬」に登場する大貴と紗英の中山夫婦が、大人になりきれない男とその身勝手さのために疲弊する女という取り合わせであるように、多聞と関わるひとびとはみな、この時代を生きるがゆえの大きな問題を抱えている。老いや病の不安、男女の社会格差、貧困生活の残酷さといった罠(わな)に足を取られているのだ。二〇一〇年代に日本は国ぐるみの機能不全に陥った。その姿が、情景として切り取られていく諷刺(ふうし)小説でもある。
 人生のゆがみに気づきつつも手が打てずにいる者たちが本書の主役だ。救いを求めるべき家族すら遠く、途方に暮れているところに一頭の犬が現れる。どんなに孤独に感じても決して一人ではないのだと示す、神の恩寵(おんちょう)のように。
(文芸春秋・1760円)
1965年生まれ。96年、『不夜城』で小説家デビュー。著書『漂流街』など。

◆もう1冊

馳星周著『四神(ししん)の旗』(中央公論新社)。古代が舞台、新感覚の歴史小説。

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