僕は物語の信仰者『マリアさま』 作家・いしいしんじさん(53)

2019年10月20日 02時00分
 朗らかな関西弁で、口を開くたび次々と物語が飛び出してくる。その日掛けていた、つるの片方ない眼鏡の話。朝、京都の家を出るとき、小学生の息子に泣かれた話。止まらない。「知らないうちにいろんな話を集めているんです。最近自覚したのは、他の人たちって自分の生きている時間を物語として考えてないみたいなんですね」。天性のストーリーテラーとは、こういう人を言うのだろう。
 二〇〇〇年から一八年までに書かれた二十七の短編・掌編小説を収める。本紙を含む新聞各紙や旅雑誌、野球雑誌、ウェブマガジンなどに掲載された。媒体がさまざまなら、内容もとりどりだ。京都の祖父宅に身を寄せる、心に傷を負ったらしい女性。北極にできた独立国の顛末(てんまつ)。バリ島での不思議な少女との交流…。
 鮮明な一瞬を切り取りながら、奥行きを感じさせる作品ばかりだ。通底するテーマとして、担当編集者は「新生・再生」の言葉が頭に浮かんだという。「確かに僕の書いてる小説って、全部それが根っこにあるのかも」。そうして、また一つの話が始まった。
 一九九九年、東京で「何でも屋」のライターをしていたいしいさんは心身を壊し、大阪の実家に帰った。そこで見つけたのが、四歳半で初めて書いたお話「たいふう」だった。読み返して衝撃を受ける。「そこには自分の内側からの発露だけがあった。自分は何でも書けると思っていたけど、人に言われて書いたリアクションでしかなかったと気づいた」。書いてきたものを捨て、四歳半の気持ちに立ち返ろうと決意した。
 そして書かれたのが初長編の『ぶらんこ乗り』。小さな挿話を積み重ねて大きな物語を築くスタイルで、唯一無二の物語作家の地位を確立した。「自分はあの時、一度消え、また生まれたという感じが、今も小説を書くときの最初の動力になっているんだと思います」
 急行列車で乗客が「短編小説」と乗り合わせるという奇抜な掌編「窓」に、象徴的な一節がある。<ひとは誰でも、ページ数を知りようのない、一編の小説なんですよ>。この作品集を端的に表した文章だろう。世界が物語であふれているということに気づかせてくれるのが、いしいさんの小説だ。「僕は物語がないとダメなんです。物語の信仰者なんです」。こうして、また一つ物語が始まる。
 リトルモア・一六五〇円。 (樋口薫)

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