サクラソウ自生地保全に奔走 さいたま市桜区 尽力者2人たたえ展覧会

2020年6月21日 08時21分

今年4月、自生地に咲くサクラソウ(同市教委提供)

 さいたま市桜区の「田島ケ原サクラソウ自生地」がわが国初の天然記念物に指定されて七月十七日で百年を迎える。市教育委員会は指定に尽力した人々をたたえ、自生株が減りつつある現状を紹介する二つの展覧会を開催中だ。 (前田朋子)
 展示は、指定に至る歴史と自生地の現況を解説するパネル展「自生地国指定100年−現在・過去・未来−」(浦和区の中央図書館で七月十九日まで、六日休館)と、保全と指定に尽力した二人の歩みを振り返る「学と貞亮(ていすけ)−自生地を遺(のこ)した二人−」(緑区の浦和博物館で六月三十日まで、月曜休館)。いずれも無料。
 市教委文化財保護課によると、サクラソウは江戸期には民衆に親しまれ、荒川沿いの湿地帯に多く自生。浮間(東京都北区)や現在の戸田市にも名所があったが盗掘の横行や鉄道敷設、河川改修の影響で江戸・東京に近い場所から衰退した。代わって明治末期には上流の土合(つちあい)村(現在の桜区)が知られるようになった。

東京帝国大学理学部教授時代の三好学(大正年間)

 他の自生地と同じ末路をたどることを恐れた地元の名士で、土合村長も務めた深井貞亮(一八七九〜没年不明)と、植物学者で天然記念物制度の創設に関わった三好学(一八六一〜一九三九)が保全に奔走。博物館の展示では、深井が一九一六(大正五)年に「国民新聞」で「私は土地の名物桜草であります。(中略)野育ちの私どもは立派なお庭に移されて、いたづらに虚栄にあこがれるよりは、やはり先祖の土地にとどまり、(中略)楽しく暮(くら)しとう御座います」と盗掘を控えるよう訴えた記事も紹介する。

深井貞亮の肖像画(1942年ごろ)=いずれもさいたま市教委提供

 現地調査や土地所有者の賛同を経て、二〇年七月十七日、前年に法整備された天然紀念物(当時の名称)の適用第一号に。五二年には特別天然記念物に格上げされた。現在の「桜区」の名称の由来ともなった。
 同時に天然紀念物に指定されたものはほかに九件あったが、「多々良沼ムジナモ産地」(群馬県)のようにその後消滅し、国指定が解除されたものもある。四・一ヘクタールにわたる田島ケ原の自生地では、サクラソウは二〇〇三年に約二百三十五万株が確認されていたが、今年の調査では約四十七万株。激減に危機感を募らせる市は五年計画で緊急調査を実施している。減少の明確な原因は特定されておらず、パネル展ではこうした現状も伝えている。
 展示を企画した文化財保護課の担当者は「保全に関わった人々の熱意と努力、現在の状況と保全の取り組みを知っていただきたい」と話している。 

サクラソウの自生地などを示した展示パネル=同市中央図書館で

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