本心<280>

2020年6月25日 07時00分

第九章 本心

 以下は、覚え書きである。
 岸谷が、共犯者たちに見出されたのは、例の暗殺ゲームを通じてらしい。単にそこで出会った、というわけではなく、彼は、既に犯行を企てていた三人に、言わばスカウトされたのだった。
 岸谷の供述によると、犯行グループは、彼以外に八人いた。逮捕後、そうした報道を僕も目にしていたが、実際には三人しかおらず、残りの五人は、架空の人間だったらしい。名前も、性別も、アカウントも、やりとりしているメッセージも、すべて作り物で、実体がなかった。彼らはダークウェブに潜伏しながら、アバター同士で連絡を取り合っていて、岸谷も、あの台風の日の届け物で、初めて、メンバーの二人と会ったという。
 僕は、岸谷を紙一重として、自分が、この薄気味悪い集団とほとんど触れんばかりの場所にいたことを思い、体の芯に冷たいものを感じた。
 センセーショナルに報じられたのは、グループの“指導者”までもが、実在しない、架空の V F (ヴァーチャル・フィギュア)だったことである。
 計画を主導したのは、岸谷と直接連絡を取っていた駒田(こまだ)という名の、普段は、都内の機械部品メーカーに勤務する三十代の男だった。「大人(おとな)しい、真面目な社員」との評判で、同僚や上司の「まさか、……」という驚きの声が伝わっている。
 しかし、彼は共犯者たちには、飽(あ)くまで“指導者”の「右腕」と自称していた。岸谷はそれを信じていたらしい。彼自身は、ウェブ上で何度となく指導者と対面し、言葉を交わしていたが、それが、駒田によって作られ、操作されていたVFだとは気づくことなく犯行に及んでいる。
 「ゲーム感覚」という言葉通り、彼らが本気でテロを計画していたのか、それとも、フィジカルな世界にまで拡張されたゲームに過ぎなかったのかは、報道によって見方が割れている。
 駒田らは元々、血盟団事件をモデルにした“暗殺ゲーム”のファンだった。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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※6月21日付紙面掲載

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