本心<281>

2020年6月26日 07時00分

第九章 本心

 この不気味なロールプレイング・ゲームは、「一人一殺」を掲げ、政財界の要人暗殺を企てた1932年のテロ事件をそのままなぞる内容で、実際に暗殺された井上準之助(いのうえじゅんのすけ)や團琢磨(だんたくま)だけでなく、ターゲットとしてリストアップされていた西園寺公望(さいおんじきんもち)や幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)、牧野伸顕(まきののぶあき)らすべてを暗殺して、歴史を変えることがミッションだった。
 岸谷は、僕に語っていた通り、元々は、もっと最近の、今も生きているような政治家や財界人を暗殺するゲームに夢中になっていた。そちらの方が、ある意味では剣呑(けんのん)だが、活躍が目立っていたために、駒田の目に留まることとなったらしい。
 駒田以外の共犯者で、岸谷同様に実行に携わった一人は、そもそも“指導者”の実在を疑っていたという。結局のところ、すべてはゲームであり、彼の語る「格差社会を永遠に固定して、貧困層を奴隷化し、吸い上げるだけ吸い上げ続ける富裕層」に対する憎悪も、いかにもな主張で、ゲームと同じノリで賛同し、煽(あお)り、暗殺のターゲットとして、政治家や財界人らの名前を進んで挙げたらしい。その度に、メンバーは盛り上がり、憂さが晴れた。そして、恰(あたか)も本当の暗殺計画であるかのように、その準備を進める緊張感を楽しんだのだという。すべては確かに「ゲーム感覚」だった。
 暗殺の方法は、様々なアイディアの末、ドローンによる爆殺と決まった。一度に八機を飛ばして、同時多発テロを起こす計画だった。
 実行準備が進み、いよいよ実物のドローンが“指導者”から配布された段階で、前述の共犯者の一人は、ひょっとして、と不安を感じた。しかし、それを口にして、ゲームの没入感を台なしにしたくはなく、黙っていた。仮に途中で計画が露見したとしても、飽(あ)くまでゲームなのである。入念に行動調査を行ったターゲットまでドローンを飛ばし、起爆スイッチを押したところで、ミッションは完了である。勿論(もちろん)、本物の爆薬など、搭載されていないはずだった。
 実行犯として、“指導者”が最初に選んだのは、架空のメンバーたちで、次いで、実体のある四名も指名された。駒田も含まれていたが、すべては彼自身による差配だった。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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※6月22日付紙面掲載

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