ドイツで広がる極右の憎悪犯罪 難民支援の政治家殺害から1年

2020年6月22日 14時02分

2日、ドイツ・カッセルの地方行政庁舎の玄関前に花を手向ける女性

 ドイツで難民保護に携わった与党の地方政治家、ワルター・リュブケ氏=当時(65)=が殺害された事件から今月で1年。極右組織とつながりがあったシュテファン・エルンスト被告(46)=殺人罪などで起訴=の裁判が16日、始まった。事件後も国内で極右思想に基づく憎悪犯罪が後を絶たない。地元では人種差別の広がりに危機感が強まっていた。 (独西部ヘッセン州カッセルで、近藤晶)

◆「自分だったかもしれない」支援グループの女性

 「自分も犠牲者になっていたかもしれない」。事件から一年の今月二日、カッセル中心部の地方行政庁舎前で、涙を抑えきれず立ち尽くす女性がいた。献花に訪れたシュテファニー・リトフィンさん(43)は地元で難民支援グループの代表を務め、活動を通じてリュブケ氏と面識があった。
 最後に会ったのは事件の約一年前。その時、三百件以上の脅迫メールが届いていると聞いた。リトフィンさんは「困っている人を助けるのが政治家の仕事。彼は真摯(しんし)に向き合っていた。価値観が違うからといって人を殺す権利は誰にもない」と憤った。

地方行政庁舎には「民主主義の価値観は死なない」と書かれた巨大な幕が掲げられていた=いずれも近藤晶撮影

 リュブケ氏はメルケル首相の与党、中道右派「キリスト教民主同盟(CDU)」に所属し、寛容な難民政策を支持していた。カッセル行政管区長官を務めていた昨年六月二日、自宅テラスで頭を撃たれ、死亡しているのが見つかった。

2019年6月に射殺されたワルター・リュブケ氏=AP

シュテファン・エルンスト被告=AP

 捜査当局は約二週間後、エルンスト被告を逮捕。自宅などから複数の拳銃やライフル、多数の銃弾を押収した。被告は二〇一六年にもイラク難民を刺傷していた。検察当局は人種差別と外国人嫌悪が背景にあると指摘。独メディアは戦後初の極右による政治家殺害事件と報道し、事件は社会に大きな衝撃を与えた。
 事件後もドイツでは凶悪事件が相次いでいる。昨年十月、東部ハレでシナゴーグ(ユダヤ教会堂)を狙った襲撃事件が起き、通行人ら二人が死亡。今年二月には西部フランクフルト郊外ハーナウで複数の水たばこバーが銃撃され、計九人が殺害された。
 いずれもユダヤ人や中東からの移民らを標的とした犯行とみられ、容疑者は極右思想に傾倒していた。メルケル氏は「人種差別は毒だ。その毒は私たちの社会の中にあり、多くの犯罪の原因になっている」と危機感をあらわにした。

◆政治的な動機による犯罪は14%増

 独連邦刑事庁によると、昨年起きた政治的な動機による犯罪は約14%増の四万件余り。半数以上が右翼過激派の犯行だ。反ユダヤ主義的な犯罪は13%増、反イスラムに基づく犯罪も4・4%増えた。いずれも極右思想を背景とする事件が九割以上を占める。
 アフリカ東部エリトリアから難民として渡独したカッセル市議会の「緑の党」副代表、アウェット・テスファイエゾスさん(45)は「左寄りになった政権への不満が極右を勢いづかせている。先鋭化が心配だ」と憂慮。「人種差別は今に始まったことではないが、家族は怖がっている」と話す。

◆遺族「憎悪や暴力がない社会のため闘いたい」

 リュブケ氏の事件では、一五年十月の住民説明会での難民受け入れを擁護する発言がネットで極右の標的にされ反発が拡大。事件直後には殺害を称賛する投稿もあった。
 花を手向けにきた保育園団体の理事長、アンティエ・プローテルさん(57)は「ネットで憎悪が増幅され、人種差別を増長させている。民主主義社会にとって非常に危うい状況だ」と懸念を示した。
 今月十六日に始まった裁判には、リュブケ氏の妻と息子二人も参加。遺族は裁判を前に声明を出し、差別や暴力の根絶を訴えた。「彼は憎しみや排除とは無縁の人だった。その姿勢を受け継ぎ、私たちも憎悪や暴力がない社会のために闘いたい」

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