【動画あり】王位戦挑戦者決定戦を戦った藤井聡太七段、永瀬拓矢二冠 それぞれの将棋、生き様を振り返る

2020年6月24日 12時24分

王位戦の挑戦者に決まり、リモート会見する藤井聡太七段 =23日夜、いずれも東京都渋谷区の将棋会館で

 将棋の第61期王位戦(東京新聞主催)の挑戦者決定戦が23日、東京・将棋会館で指された。昨年、最年長でタイトルを獲得した木村一基王位(47)への挑戦権を懸けて激突したのは、高校生棋士の藤井聡太七段(17)と、三冠を狙う永瀬拓矢二冠(27)=叡王、王座。大一番に臨んだ若武者2人の表情を紹介し、ここまでの戦いぶりを振り返る。 (文化部・樋口薫)

◆藤井七段が先手に 意外な作戦を披露

第61期王位戦挑戦者決定戦は、振り駒の結果、藤井聡太七段(右)の先手番に決まった。左から2人目は永瀬拓矢二冠

 ルーティーンの通り、お茶を口に含んで沈思黙考した後、静かに歩を突いた。振り駒で先手になった藤井七段の初手で、注目の一戦が開幕した。新型コロナウイルスの対策で通常より少ない報道陣が退出すると、両対局者とも示し合わせたように上着を脱ぎ、臨戦態勢に入った。
 両対局者は今月、本局が7戦目の公式対局。過密日程が続くが、連戦の疲れを感じさせない様子で、こまめに時間を使いながら慎重に駒組みを進めた。
 藤井七段は得意戦法の「角換わり」を選んだが、十八番の「腰掛け銀」でなく、自身の採用例がほとんどない「早繰り銀」を選択。両戦法は銀の出る地点が5六か、4六か、というわずか1マスの違いだが、将棋のつくりが大きく異なってくる。藤井七段がこの一戦のために温めてきた作戦であることは間違いない。

◆羽生九段も称賛 藤井七段の「序盤研究」

2月18日、今期の王位戦リーグ初戦で戦った羽生善治九段(左)と藤井七段

 「研究、分析の深さを感じた」。王位戦での藤井七段戦をそう振り返るのは、史上最多のタイトル99期を獲得してきた羽生善治九段(49)である。
 王位戦は、リーグ戦で挑戦者を決めるのが特徴。予選を勝ち上がった8人と前期の成績上位者4人の計12人が紅白2組に分かれ、総当たりで争う。今期は白組で藤井七段が、紅組で永瀬二冠が、それぞれ5戦全勝で優勝している。
 藤井七段と羽生九段という将棋界のスター同士がぶつかったのは、2月18日のリーグ白組初戦。藤井七段はこの戦いでも得意の「角換わり腰掛け銀」を採用。受け止めた羽生九段は「実戦による経験値もあると思うが、細かい変化まで事前に深く精査されている印象を受けた」と、序盤の戦いぶりを称賛した。挑戦者決定戦でも、藤井七段の序盤の研究が奏功するかは注目される点の一つだ。

◆丁寧な「中盤の読み」は「強さ」

 羽生九段が藤井将棋を高く評価した点はまだある。「丁寧に(手を)読む姿勢はデビュー当時から変わらない強さ」との指摘だ。羽生九段戦で、藤井七段は中盤の難所で1時間以上の長考をし、好手を発見した。攻めに進出した銀をいったん引き戻す、浮かびにくい手だったが、羽生九段も対局後「指されてみると、こちらに思わしい手がない」とうなった。この手を境に藤井七段が流れを引き寄せ、大きな1勝を手にした。
 羽生九段戦に限らず、藤井七段は勝負どころがまだ先とみられる中盤の局面で、時間を惜しみなく投入して考えることが少なくない。その結果、1手のミスが命取りになる終盤戦に十分な時間が残っておらず、敗れた対局もある。藤井七段自身も「時間の使い方が課題」と語っている。しかし、羽生九段はその藤井七段の戦い方を「強さ」と評価した。

永瀬拓矢二冠との第61期王位戦挑戦者決定戦の準備をする藤井聡太七段

 今の若手棋士たちは、序盤は事前の研究に添って飛ばして指し、大事な終盤戦に時間を残しておくというスタイルが主流だ。一見、合理的にも思えるが、筆者は昨年末の取材で、木村王位が語った以下のような言葉が印象に残っている。「対局中に考えたことは、その日の結果に生きなくても、将来似たような形になった時に思い出して、生かせることがけっこうある。だから長考は無駄にはならない」
 棋士というのは数年前、あるいは数十年前の将棋でも、指し手はもちろん、その時何を考えていたかまで詳細に覚えている。取材をしていて、その記憶力に驚かされることは多い。木村王位の言葉によるならば、藤井七段の長考は、将来のために“読みの貯金”を重ねていると理解できる。

◆終盤に光る「切れ味の鋭さ」

 羽生九段に勝った藤井七段は、余勢を駆ってA級棋士の稲葉陽八段(31)、菅井竜也八段(28)ら4棋士を撃破し、全勝で優勝した。稲葉八段戦で劣勢から大逆転勝ちしたほかは、中盤で得たリードを徐々に拡大していく、安定した勝ちぶりだった。

対局開始の直前、駒を並べる藤井聡太七段

 羽生九段も残り4戦を全勝し、白組2位となった。結果的に、初戦の結果が優勝の行方を左右したことになる。藤井七段の戦いぶりについて、羽生九段は「どれも接戦で僅差の勝負だったが、終盤の切れ味の鋭さが光った将棋が多かったと思う。全般的に大きなミスがなく、充実している印象を持った」と語っている。
 序盤の研究、中盤の読み、終盤の切れ味―。羽生九段の分析は、藤井将棋への全幅の信頼を感じさせる。

◆「負けない将棋」が身上 永瀬二冠

藤井聡太七段との第61期王位戦挑戦者決定戦のため、対局室に入る永瀬拓矢二冠

 一方の紅組は、前王位の豊島将之竜王・名人(30)と永瀬二冠による、二冠同士の対決に注目が集まった。互いに間合いをはかる持久戦となり、棋風の通り、後手の豊島竜王・名人が攻め、永瀬二冠が受ける展開に。中盤で優勢に立ってからの永瀬二冠の指し回しは圧巻だった。
 後手玉を詰ませることは考えず、まずは自玉の安全を確保。続いて相手の飛車の捕獲を狙い、真綿で首を絞めるように追い込んだ。音を上げるかのごとく投了した豊島竜王・名人は「いいところがなかった」と嘆いた。まさに永瀬二冠が身上とする「負けない将棋」を体現する完勝だった。
 永瀬二冠はさらに、若手有望株の本田奎五段(22)や佐々木大地五段(25)らを破り、全勝優勝。佐々木五段戦では、互いの玉が敵陣に入って勝負がつかなくなる「相入玉」になり、指し直しの末の激闘を制した。

◆10年前、将棋への激しい情熱を見せた17歳の永瀬四段

 永瀬二冠は努力の人である。筆者は10年前、プロになって間もない四段時代の永瀬二冠を取材したことがある。地元である横浜市の百貨店で開かれた「将棋まつり」の会場で、永瀬二冠はちょうど現在の藤井七段と同じ17歳11カ月だった。

2日前に叡王戦の防衛戦を戦ったばかりの永瀬拓矢二冠

 「個性を出して、将棋ファンに名前を覚えてもらいたい」と、初々しい笑顔で語る様子を覚えている。プロ一歩手前の三段になったため入学から数日で高校を辞めた話、将棋の勉強を1日に15時間やっていたという話を聞いて、その表情とは裏腹の、将棋に懸ける情熱の激しさに驚いた。
 永瀬二冠はその後、修業時代に得意としていた「振り飛車」の使い手から「居飛車」で戦うスタイルへと転向。当時から評価の高かった受けの力はそのままに、鋭い終盤力を身につけた。将棋へのストイックな姿勢から「軍曹」の愛称も得て、自らの言葉通り個性派の棋士として、棋界の頂点をうかがう位置まで上りつめた。
     ◇
 王位戦挑戦者決定戦は、羽生九段が示唆した通りの展開となった。藤井七段は序盤の研究で永瀬二冠の意表を突き、中盤に1時間半を超える長考で読みを蓄えた。秒読みに追われながら正確な指し手を続け、終盤では切れ味鋭く永瀬二冠の玉を追い詰めた。勝利した藤井七段は木村王位への挑戦権を獲得。「最年長対最年少」の戦いとして、かつてない注目が高まる王位戦第1局は7月1、2日、愛知県豊橋市で開幕する。

 樋口薫(ひぐち・かおる) 東京新聞文化部で2014年から囲碁・将棋を担当。「バン記者・樋口薫の棋界見て歩き」を毎月連載。木村一基王位の史上最年長での初タイトル獲得までの道のりを追った『受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基』(東京新聞)が24日刊行。

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