練習相手の子どもも泣かせる永瀬二冠の「情熱」 藤井七段に2連敗後に語った言葉とは

2020年6月24日 18時30分

王位戦の挑戦者決定戦で藤井七段に敗れ、感想戦で対局を振り返る永瀬二冠(右)

 23日に指された第61期王位戦(東京新聞主催)の挑戦者決定戦は、史上最年少での初タイトル獲得を目指す藤井聡太七段(17)が勝ち、昨年秋に史上最年長で初タイトルを獲得した木村一基王位(47)への挑戦を決めた。しかし勝者の陰に、敗者の存在があるのは戦いの常。棋聖戦の挑戦者決定戦に続き、大一番で藤井七段に敗れた永瀬拓矢二冠(27)は「将棋の虫」とも呼ばれる努力家で知られる。彼が敗戦の直後に語った言葉とは―。その将棋人生をたどる。(文化部・樋口薫)

◆「勉強して頑張りたい」

 「1局を通じて力負けという印象。追いつけるよう勉強して頑張りたい」
 悔しい敗戦の直後というのに、はきはきとした声で質問に答える永瀬二冠の声を書き留めながら、筆者は胸に込み上げるものがあった。「勉強して」と簡単に表現した、その言葉の裏側にある努力のすさまじさを聞き知っていたからだ。
 「彼ほど努力する棋士をほかに知らない。断トツの勉強量です」と語るのは、永瀬二冠が約10年前から師事している鈴木大介九段(45)である。プロ入りして間もないころの永瀬二冠との出会いについてこう振り返る。

◆「弱い」と言われても

 「突然、『VS(1対1の研究会)をしてほしい』と電話がかかってきたんです。でも断りました。『なぜですか』と聞かれたので、はっきり言いました。『君は弱いから、自分の勉強にならない』と。『それでも』と言うので『では1回だけ』ということになったんです」
 鈴木九段は、豪快な「振り飛車」戦法の名手として知られる。順位戦最高峰のA級に通算4期在籍し、NHK杯優勝や2度のタイトル挑戦などの実績がある。そのトップ棋士にいきなり電話する度胸も驚きだが、VSの場に出向いた鈴木九段はさらに驚いた。

王位戦リーグ最終戦に勝って紅組優勝を決めた永瀬二冠


 「『教わるからには、鈴木先生の棋譜を全部並べます』と、彼はノートを取って私の将棋を勉強していたんです。そして『鈴木先生が次に当たる人はこういう傾向があります』と、私の対戦相手についても調べて来てくれた」。永瀬二冠の懸命のアピールに心動かされ、鈴木九段はVSの継続を約束した。

◆「全部お願いします」


 同じメンバーとの研究会は、おおむね月に1回程度が相場である。しかし、2人のVSは毎週行われた。「次回の日程を決める際、4日ほど候補を出すと『全部お願いします』と言われるんです。うちの子から『休みの日も永瀬君とばかり将棋して、全然構ってくれない』と大泣きされたこともある」と鈴木九段。
 練習将棋のさなか、息を切らしている永瀬二冠に「風邪をひいているのでは?」と尋ねたところ、40度近い熱に気づかずに指していた、という逸話まである。鈴木九段は「彼の情熱に引っ張ってもらい、今の自分も棋力を維持できている面はある」と感謝を述べる。
 その永瀬二冠も、弱音を吐いた時があったという。「将棋の勉強がつらすぎて『20歳になったら遊びたい。後はこれまでの貯金で食っていく』と言ったんです。それで飲み屋やカラオケに連れて行ったんですが、思うところがあったようで、次に会った時には『やっぱりあと5年、死ぬ気で努力してみます』と伝えられました」

◆藤井七段とも練習

 それからもうすぐ8年になるが、努力の日々は続いている。3年前には、デビュー間もない藤井七段に声をかけ、以来、VSで研鑚を積んでいる。

王位戦挑戦者決定戦で永瀬二冠(左)を破り、感想戦で対局を振り返る藤井七段

 永瀬二冠は昨年、叡王と王座のタイトルを続けて奪取。豊島将之竜王・名人(30)や渡辺明三冠(36)と並ぶ棋界のトップに上りつめた。鈴木九段は「あそこまで勉強すれば強くなるんだというお手本。もちろん才能もあった。でも勉強量がすごすぎて、他の要素がかすんでしまう」と語る。「自分が彼ほど勉強できていたら、三冠以上取れていたかもしれない。でも、あれだけ勉強できるというのも才能なんです」
 永瀬二冠は今期の王位戦リーグで、その鈴木九段を破って紅組で5戦全勝で優勝。白組優勝の藤井七段との決定戦に臨んだ。しかし藤井七段の才気煥発な指し手の前に、完敗ともいえる内容で敗れた。その上での「勉強して頑張りたい」という感想である。どうだろうか。熱いものが込み上げては来ないだろうか。

◆「離されぬよう付いていく」

 対局の後、藤井七段は研究相手の永瀬二冠について「トップの力を教えてもらい、将棋に対する姿勢も見習うべきところが多い方」と語った。ストイックな姿勢から「軍曹」の愛称もある永瀬二冠は「藤井七段はトップ中のトップ。まだまだ強くなるので、離されないよう付いていきたい」とも語っている。2人の再戦の日はそう遠くない時期に、さらなる大舞台で見られるだろう。
 永瀬二冠を下した藤井七段と木村王位による王位戦7番勝負は、7月1、2日に愛知県豊橋市で開幕、全国を転戦する。「最年長VS最年少」の戦いとして注目が集まる。
 樋口薫(ひぐち・かおる) 東京新聞文化部で2014年から囲碁・将棋を担当。「バン記者・樋口薫の棋界見て歩き」を毎月連載。木村一基王位の史上最年長での初タイトル獲得までの道のりを追った『受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基』(東京新聞)が24日刊行。

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