「賭け麻雀」とセクハラはコインの裏表 「抱きつき取材」ありきの弊害とは <寄稿>ジャーナリスト・林美子さん

2020年6月25日 09時32分
 
 定年延長問題で焦点の人となった黒川弘務東京高検検事長(当時)が、産経新聞の記者2人と朝日新聞社員(元記者)と賭け麻雀をしていた。5月に週刊文春の報道で明らかになったこの問題について、新聞記者としての経験を踏まえつつ、取材手法とジェンダー(性差に関する社会規範)の関係を中心に考えたい。

 ◆マスコミの伝統的な取材方法

 この問題を知って反射的に脳裏に浮かんだのは、ほぼ2年前の2018年4月に報じられた財務省次官(当時)による女性記者へのセクハラ事件である。この2つの出来事の背景には、日本のマスコミの伝統的な取材手法である「抱きつき取材」がある。
 記者がほしいのは特ダネである。だが警察・検察や行政などの取材先は、情報を漏らすと守秘義務違反に問われる可能性がある。だから記者は信用してもらうためにとことん近づき、親密な関係を結ぼうとする。新人記者の多くは入社直後から「相手に食い込め」「懐に飛び込め」とたたき込まれる。取材先の自宅に直接行く「夜討ち朝駆け」が日課となり、飲食だろうが麻雀・ゴルフだろうが「誘われたら断るな」と指導される。
 このような取材手法には重大な問題が潜んでいる。まず、取材先と記者との間に上下関係が生まれる。情報は、取材先が親しい記者に「与える」ものとなる。都合の悪い情報は出さないし、記者も書きにくい。記者会見でもあまり突っ込んだ質問はしない。各社が競って「抱きつき取材」をするので、産経と朝日が取材先と雀卓を囲むのは何の不思議もない。一種のインナーサークルが形成され、そこからはずれると「特オチ」(1社だけ記事が載らないこと)の恐怖にさらされる。

 ◆ほぼ男性の「インナーサークル」

 そのようなインナーサークルのメンバーはほぼ男性だ。英語では「ボーイズクラブ」とも言う。さまざまな組織や活動において、男性たちが社交などを通じてつくる非公式な場のことだ。企業でいえば、人材の登用や事業方針など重要事項が、公的な会議ではなく、そこで事実上決められていく。女性や「男らしさ」の規範にはまらない人たちは排除され、そのことで仲間内の結束は一層強まる。 

賭けマージャン問題で辞職した東京高検の黒川弘務前検事長

 取材の場においては、ボーイズクラブは「抱きつき取材」を介して形成される。取材先にとって男性記者は、麻雀やゴルフを一緒にする仲間とみなされる。一方、女性記者は取材先と親密になろうとすると、セクハラの言動を浴びせられることが珍しくない。女性記者を性的対象として扱うのは、女性差別やミソジニー(女性蔑視)の表れといえる。賭け麻雀とセクハラはコインの裏表なのだ。

 ◆権力批判が弱まる危険

 大手メディアの中には、賭け麻雀をした記者らについて「検事にそんなに食い込むなんてすごい」と本音では思っている人が少なくない。一方で女性記者は、セクハラ被害を訴えようとすると「そのぐらいのみこんで働け」と言われる。特ダネを取ると「オンナを使ってネタを取った」と中傷される。そこには恐ろしいほどの非対称性がある。
 「抱きつき取材」から生まれた大特ダネもあるので、完全否定しようとは思わない。だが、取材先と信頼関係を結ぶ方法はほかにもある。同じ人間同士、対等の立場で普通に取材すればいいのである。
 マスコミの内部では「抱きつき取材」ありきで、そこから生まれた記事が優先される傾向が今も根強い。その結果、生活実感に基づいた独自視点の記事が載りにくくなってはいないか。このことは権力批判が弱まる危険にも直結している。それが、マスコミが読者・視聴者から見放される大きな要因になっていることを、各報道機関の編集幹部がよく理解して改革に取り組んでほしいと願っている。

ジャーナリストの林美子さん

(はやし・よしこ=ジャーナリスト・元新聞記者)

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