反骨人生の私さらす 『野垂れ死に』 元「週刊現代」編集長・元木昌彦さん(74)

2020年6月28日 07時00分
 権力に敢然と立ち向かい、タブーも恐れない大胆な誌面作りで“暴れん坊編集長”の異名を取った伝説の編集者。大学卒業後、入社した講談社で始まった「山あり谷ありの編集者人生」を、数々の興味深い逸話を交えて活写した。編集の現場にかかる内外の圧力、怪文書の標的にされた自身の体験、思いもかけない子会社への左遷人事などの内情も記されている。「プライベートな部分をここまでさらけ出すのは初めて。業界に関係ない人々にも、自身のサラリーマン人生などと重ね合わせて読んでもらえたらうれしい」
 写真週刊誌『フライデー』編集長を経て、一九九二年『週刊現代』編集長に就任。多種多様なテーマを扱う「幕の内弁当スタイル」を編集方針に掲げ、「ヘア・ヌード」という用語も考案して反響を呼んだ。大物政治家の疑惑追及キャンペーンでは、寄せられた抗議文に対し、就任直後に新設した巻末の編集後記欄「音羽(おとわ)の杜(もり)から」で、「他のマスコミが貴殿の権力の前にひれ付しても、私共は疑惑追及の手を緩めることはない」と宣言した。今や週刊誌の定番となった編集後記欄の先駆者でもある。
 世間を震撼(しんかん)させたオウム真理教事件では、麻原彰晃(しょうこう)教祖の自白調書など数々のスクープを放ち、警察・検察当局の逆鱗(げきりん)に触れた。終始一貫したイケイケ路線で部数を五割近く増やす一方、「告訴された件数は五十件を超えた」と振り返る。
 本書には、美空ひばり、立川談志、萩本欽一ら深くかかわった著名人も登場するが、胸に迫るのは、「首輪のない猟犬」としてスクープを追い求めた、外部の書き手たちへの思いの深さ。安らかな最期を迎えた人は多くなく、消息不明者もいるという。「彼らの生きざま、彼らと一緒に同時代を駆け抜けた事実を、ぜひ書き残しておきたかった」と明かす。そうした中で、本のタイトルにした「野垂れ死に」という言葉がふっと頭に浮かんだ。
 元木さんは九七年に編集長を退任。出版業界は九〇年代後半から退潮に転じ、週刊誌は部数、存在感とも低下しつつある。昨年十月、『サンデー毎日』に「週刊誌よ、今こそ牙を磨け!」と題した一文を寄せ、後輩たちを叱咤(しった)した。「今のメディアは上品すぎる。安倍一強を許しているのもメディアの弱さが一因。もっと怒れ、と言いたい」。現代書館・一八七〇円。 (安田信博)

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