明治零年 サムライたちの天命 加納則章(のりあき)著

2020年6月28日 07時00分

◆開かれた日本の侍とは
[評]細谷正充(文芸評論家)

 近年の歴史・時代小説界は、次々と登場した有望な新人で賑(にぎ)わっている。その勢いは今年も続きそうだ。フリーライターとして活躍していた加納則章の、小説デビュー作である本書を読んで、そう確信したのである。
 明治を眼前に控えた慶応四(一八六八)年。官軍に恭順したはずの加州(加賀)藩で重臣の長連恭(ちょうつらやす)が、昨年、薩長に下された密勅は偽勅だったと言い出した。さらに加賀・越中・能登の三州を独立させ、官軍と戦うべきだと進言。しかし加州藩が大きく揺れる中、連恭は何者かに暗殺された。
 西郷吉之助(隆盛)と桂小五郎は、この件を憂慮し、加州藩領出身の老剣豪・斎藤弥九郎を頼った。奥羽越列藩同盟平定のため派遣された山県(やまがた)狂介(有朋)の部下という形で、金沢に乗り込んだ弥九郎とその従者。不穏な空気の漂う城下で、加州藩士の小川誠之助の協力を得ながら、弥九郎は一連の騒動の真実に迫っていく。
 このように粗筋を書くと、波乱万丈のストーリーのように見えるが、物語が大きく動くまでには、いささかページ数が費やされている。作者はまず西郷や弥九郎を通じて、侍(さむらい)とはいかなる存在であるべきかを考察しているのだ。否応(いやおう)なく世界に開かれた日本で、侍という存在は意味を持つのか。西郷が思索する、侍とデモクラシーの相克。弥九郎のいう侍の“天命”。さまざまな角度から侍そのものが検証されていくのである。
 そしてそれは、人間がいかに生きるべきかという、根源的な問いに繋(つな)がっていく。まだ意欲が先走り、小説としては生硬な部分もあるが、ここで語られるテーマは、一読の価値がある。
 さらに後半に入ると、ストーリーの興趣が増していく。チャンバラを交えながら、弥九郎が暴いた、連恭暗殺の犯人の正体には驚いた。しかも、そこから別のミステリー的な仕掛けも明らかになる。エンターテインメントとしての読みどころも、きちんと盛り込まれているのだ。今後の作者の活躍が期待できる、デビュー作なのである。
(エイチアンドアイ・1980円)
1962年生まれ。週刊誌と単行本の編集者、フリーライターを経て作家に。

◆もう1冊

木内昇(のぼり)著『万波(ばんぱ)を翔(かけ)る』(日本経済新聞出版社)。幕末〜明治の外交を描く歴史小説。

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