発掘エッセイ・セレクション 社会とことば 井上ひさし著

2020年6月28日 07時00分

◆精魂込めた表現 諧謔交えて
[評]藤井克郎(映画ジャーナリスト)

 井上ひさしさんがこの世を去って十年になる。十年がたっても、井上さんのことを「さん」という敬称をつけずに呼ぶことはできない。
 三十二年前、駆け出し時分に井上さんの連載小説の編集を担当したことがある。井上さんには珍しい経済小説だったが、難しい事象をどんな読者にもわかるようかみ砕いて描写し、しかも一話分原稿用紙三枚の中に必ず起伏をつけ、最後は次回への余韻を残す。ファクスで送られてくるたび、珠玉の原稿を最初に目にする喜びに打ち震えた。
 今回のシリーズは、これまで本に収録されたことがなかったエッセイを三冊に分けて収めてある。小説や戯曲に加え、すでに約五十冊のエッセイ本が出ているにもかかわらず、まだこんなにも未収録のものがあったとは、その多筆ぶりには目を見張る。しかもどれもが精魂込めた豊かな表現にあふれ、読み進めるにつれ、日本語の魅力や本を読む楽しさに引きずり込まれる。
 第一弾のこの本は、国家観や農業問題、憲法、原発などに触れた「社会」と、終生大切にしていた「ことば」をテーマに編まれている。どちらのテーマにも井上さん流の諧謔(かいぎゃく)味が見られ、本人の中ではどんな題材も分け隔てがなかったことがうかがえる。
 例えば一九六九年、初めての商業誌からの依頼原稿の中で、マスコミ人間のことを「幇間(ほうかん)よろしく、太鼓をたたき、提灯(ちょうちん)持って、ゴマをするやら、右顧左眄(うこさべん)」とリズミカルにつづれば、七八年には、演歌『北の宿から』の歌詞「未練でしょう」の末尾に「か」をつけて歌ったカラオケを耳にして、その違いを徹底的に考察する。七三年、連載小説『吉里吉里人(きりきりじん)』の締め切りに間に合わず、編集者から「ドンドンカケカケ、ヤ、ドドドン」などとお囃子(はやし)を浴びせられるとしたためた言い訳原稿などは、本編にも劣らぬ愉快さだ。
 もちろん生真面目なエッセイも多いが、今回の出合いで改めて書くことの貴さを思い知らされた。いつまでも井上さんは心の師匠であることに変わりがない。
(岩波書店・2200円)
1934〜2010年。作家、劇作家。著書『手鎖心中』『東京セブンローズ』など。

◆もう1冊

井上ひさし著『自家製 文章読本』(新潮文庫)

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