天皇論 江藤淳と三島由紀夫 富岡幸一郎著

2020年6月28日 07時01分

◆タブー排した死後の対話
[評]平山周吉(雑文家)

 「戦後」の日本に愛想をつかし、自決という形で強烈な結末をつけた二人の文学者がいた。三島由紀夫と江藤淳である。二人は生前、座談会などで同席することはあっても、対談をしたことはなかった。その二人に死後の「対話」を試みたのが本書である。しかも、対話のテーマは、二人にとって大きな関心の焦点だった「天皇」である。
 雅子皇后の血縁である江藤、正田(しょうだ)美智子嬢とのお見合い伝説をもつ三島。新憲法下の皇室と数奇な関わりを持つ「選ばれた」平民であった二人は、昭和の「文士」らしく、タブーをものともしない言論人でもあった。
 「これは文学の話ですから、儀礼的な言い方を一切没却して言うことにすれば」と江藤が本書の著者である若き日の富岡幸一郎に語ったのは、昭和天皇崩御の直後であった。もう三十年も前である。江藤は続けた。「僕は天皇が勝つのか、三島さんが勝つのかとずっと思っていた」
 敗戦の翌年元旦の詔書、いわゆる「人間宣言」の評価をめぐって二人は先鋭に対立する。三島は晩年の小説『英霊の聲(こえ)』で、特攻隊員と二・二六事件の青年将校の霊に、「などてすめろぎ(天皇)は人間(ひと)となりたまひし」と呪詛(じゅそ)の声を語らせた。江藤は『英霊の聲』を批判して、昭和天皇はあくまで天皇としてお隠れになり、「人になんかなられなかったじゃないですか」と反問する。その点を「三島さんの霊と会話ができるのだったら、僕はもう一度訊(き)いてみたい」と江藤は若き日の著者に語っていたのだ。
 三島の死から半世紀がたち、「戦後民主主義」の平成は「生前退位」によって終了した。皇室はいま曖昧な喝采の中にあるといえよう。著者はその「左派も右派も奇妙な失語のなかにある」歴史なき現在に、三島と江藤の切れば血が出る「天皇論」を対峙(たいじ)させている。 
 著者が意図した三島と江藤の「合わせ鏡」は、戦前と戦後を貫き、近代百五十年を超え、歴史の悲痛な調べに耳を澄ます「日本」論として結実した。
(文芸春秋・2420円)
1957年生まれ。関東学院大教授、鎌倉文学館館長。著書『虚妄の「戦後」』など。

◆もう1冊

小林秀雄、江藤淳著『小林秀雄・江藤淳 全対話』(中公文庫)

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