棋士の和服に重なる思いは 藤井聡太七段がタイトル戦で見せた羽織袴

2020年6月28日 21時19分

渡辺明棋聖(左)との対局に臨む藤井聡太七段=28日午前、東京都渋谷区の将棋会館(日本将棋連盟提供)


 将棋の高校生棋士、藤井聡太七段(17)が渡辺明棋聖(36)=棋王、王将=に挑む第91期棋聖戦5番勝負の第2局が28日、東京・将棋会館で指され、藤井七段が快勝した。8日の第1局をスーツ姿で戦った藤井七段はこの日、タイトル戦では初となる和装で登場。師匠から贈られた羽織袴(はかま)で2連勝を収めた。大勝負を戦う棋士たちが身にまとう和服に込められた「思い」の深さを探った。(文化部・樋口薫)

◆初々しさVS王者の風格

師匠から贈られた和服で棋聖戦第2局に臨んだ藤井聡太七段

 「濃紺の着物に透け感のある黒の羽織を合わせ、袴は礼装としてよく着られる、しま柄の『仙台平』。涼やかな夏着物ながら、格式を感じさせる姿です。所作からは初タイトル戦らしい初々しさも感じます」
 藤井七段の和服姿をそう解説するのは、1853年(嘉永6年)創業の白瀧呉服店(東京都練馬区)の5代目当主、白瀧佐太郎さん。一方の渡辺棋聖は「象牙色の着物に、羽織は白地に灰の縦じま。6月と9月に着るとされる、裏地のない単衣(ひとえ)の着物で、季節感を大事にされている。着慣れた様子は、若き挑戦者を待ち受ける王者の風格も漂わせています」。

棋聖戦第2局で初手を指す渡辺明棋聖

◆自宅で1日着てみて準備

 通常、将棋のタイトル戦は和服姿で行われる。ただ、棋聖戦第1局は、新型コロナウイルスによる対局中断の影響で、挑戦者決定戦から中3日という過密日程だった。そのため藤井七段は「少し勝手が分からなくて」と、スーツ姿で対局、先勝した。師匠の杉本昌隆八段(51)によると、藤井七段は第1局の後、自宅で和服を着て1日過ごすなど、準備を経て第2局に臨んだという。
 藤井七段が和装で公式戦を戦うのは2回目。初回は昨年8月、全国のファンの前で公開対局する「将棋日本シリーズ」1回戦で披露したが、敗れている。棋聖戦第2局で藤井七段が着たのはこの時と同じもので、杉本八段に贈られた和服だった。
 「藤井七段自身は着物の色や柄には頓着しないようで、昨年の初夏、私とお母さまで京都の呉服店を訪ね、生地から選びました」と杉本八段。「私の贈った着物でタイトル戦を戦ってくれるのは、非常に感慨深い」と顔をほころばせる。
 杉本八段は今月20日、竜王戦の予選3組決勝で、藤井七段との師弟対決に和服で臨んでいる。「タイトル挑戦中の弟子との対戦ということで、気合を入れたかった。和服で対局できることは、棋士であることの幸せを感じる瞬間」と、和服で戦う心構えを語る。この対局は藤井七段が勝ったが、対局後の雑談では、棋聖戦での注意点として「着手の際、袖で駒を引っかけないように」「立つ時に袴を踏まないよう、裾を持つと良い」「お手洗いはスーツ姿より時間がかかるので気を付けて」と助言し、弟子を気遣った。

◆母親からの贈り物

昨年の王位戦第6局、「母の袴」で快勝した木村一基王位(左)。右は当時、王位だった豊島将之竜王・名人

 藤井七段に限らず、師匠や家族、後援会から贈られた着物を着て、タイトル戦を戦う棋士は少なくない。また、呉服店の側もさまざまな思いを込め、棋士たちの「勝負服」を用意している。
 非公式戦の女流棋戦「白瀧あゆみ杯争奪戦」を後援する白瀧呉服店は、将棋界と縁が深い。藤井七段が挑戦を決めた木村一基王位(47)や、名人獲得3期の実績を持つ佐藤天彦九段(32)といったトップ棋士もここで購入している。
 同店では、店で保管している棋士の和服を、タイトル戦の開かれる地方の対局場に直接送ることもある。「棋士の方々には、対局の準備に熱量を注いでほしい」との白瀧さんの配慮で、季節や色づかい、時には産地なども考慮してコーディネートをする。敗戦時に着た服は次回、羽織と袴の組み合わせを変えるなど、験担ぎもしているという。
 木村王位から、こんな話を聞いたことがある。昨年9月の王位戦7番勝負(東京新聞主催)で、2勝3敗と後がない状態で迎えた第6局の前日、対局場に届いた和服の包みを開いて驚いた。そこにはプロ入り時、母親に贈られた袴が入っていた。「年齢的に、タイトル戦で戦うのは最後になるかもしれない。悔いのない対局を、という白瀧さんの配慮だったのでしょう」
 白瀧さんは「木村王位にとっては勝負どころなので、気持ちの支えになればと考えた。人によっては重圧になる場合もあるが、木村王位なら力に変えてくれるという思いもあった」と振り返る。この対局は会心の内容で木村王位が勝ち、第7局では史上最年長で悲願の初タイトルを獲得した。

◆こだわる「貴族」

 一方、自分で着物の色や柄にこだわる棋士の代表格が佐藤九段だ。ファッションに並々ならぬ思い入れがあり、「貴族」の異名も持つ。その和服の選び方について、白瀧さんは「とても深く勉強されており、こちらが学ぶことも多い」。購入時には「多くの生地を見たい」との意向から、一緒に和服問屋を訪ね、1000点ほどある反物の中から厳選しているという。

個性的なファッションで有名な佐藤天彦九段は、和服へのこだわりも強い

 佐藤九段は名人戦7番勝負で、かわいらしいアザラシ柄の羽織を着て対局したことも話題になった。「柄を着物のどの位置に配するかなど、細かく相談した上で仕立てられている。伝統的な技法を用いた反物を使っており、決して奇をてらった選び方ではない」
 佐藤九段のこだわりについて、白瀧さんは「ただ自分を良く見せたいというより、和服での戦いを通じ、将棋ファンのあこがれでありたい、という意思を感じる」と語る。棋士たちは和服に、それぞれの「思い」を背負って戦っているのだ。

◆「思ったより快適」対局を終えた藤井七段

 棋聖戦第1局に続き「矢倉」の戦いとなった本局は序盤、藤井七段が積極的な金上がりの新手を見せ、中盤以降、リードを保って押し切った。名人戦にも挑戦している好調の渡辺棋聖に、王手すらかけさせない快勝で、史上最年少でのタイトル獲得に王手をかけた。
 終局後、初の和服でのタイトル戦について「着てみると思ったより快適で、普段通り指せた」と語った藤井七段。初タイトルの行方とともに、7月1、2日に開幕する木村王位との王位戦7番勝負や9日の棋聖戦第3局では、どんな姿で対局場に登場するかにも注目が集まる。
※白瀧呉服店への取材に際しては、木村王位と佐藤九段の許可を得ています
 樋口薫(ひぐち・かおる) 東京新聞文化部で2014年から囲碁・将棋を担当。「バン記者・樋口薫の棋界見て歩き」を毎月連載。木村一基王位の史上最年長での初タイトル獲得までの道のりを追った『受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基』(東京新聞)が24日刊行。

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