笑いのチカラ 今こそ

2020年6月29日 07時44分
 人は笑う。つらく、悲しく、苦しくて、とても笑えそうにないときもある。そんなときでも、少しだけ笑顔になれれば、それはきっとチカラになる。コロナ禍の今だからこそ、笑いを忘れないで。

 <笑いの効用> 笑いに関する科学的な研究は多く、さまざまな効果が報告されている。身体面では、笑うことで、がん細胞やウイルスに対する免疫力が高まったり、糖尿病患者の血糖値上昇を抑えたりするなどの報告がある。メンタル面では、ストレス抑制、不安や緊張感の緩和などの効果が報告されている。笑いを健康増進につなげようと、一般社団法人・癒(いや)しの環境研究会(東京)は2005年から「笑い療法士」を認定している。

◆時に生きる後押しも 落語家・春風亭小朝さん

 もしもこの記事を読んでくださっているあなたが、今回の自粛期間中に<お笑い>あるいは<演芸>が必要でしたかと尋ねられたら何と答えられますか。はいと答えた方は大変だと言いつつもまだ余裕のある人で、本当にギリギリの生活をしていた人は、お笑い番組など不快で見られなかったと言うはずです。
 戦後、日本が立ち直りかけた時には多くの人々が笑いを求めました。それは聴く側に少し希望が生まれたことと、たまには笑って憂さ晴らしをしたいという理由からでしょう。いずれにせよ、人は少し余裕がないと笑いを求めないし、笑う気にもなれないものです。
 ただし、例外もあるんですよね。私には忘れられない写真がありまして、それは戦地で慰問の漫才を見て兵士たちが心の底から笑っている一枚の写真です。そこにいる兵士の皆さんは数日後には厳しい戦いをしなくてはいけません。日本へ二度と戻れないということもわかっていたでしょう。そこまで覚悟を決めた時、笑いは人間にとって救いになるということを証明しているような写真でした。
 例をもう一つあげると、事業に大失敗した方が死に場所を探して横浜市内をさまよっていた時のことです。ふと目にとまったのが<林家木久蔵独演会>の看板。その人は、考えてみたら俺の人生は笑いとは無縁の、ただ遮二無二働くだけの毎日だった。冥土の土産に落語でも聴いてみるかと中へ入りました。そして、当時は木久蔵という名前だった木久扇師匠のあまりにもバカバカしい漫談を聴いているうちに、もう少し生きてみようという気持ちになり一念発起して成功を手に入れたのです。
 後日、私が生きていられるのはあなたのおかげですという礼状が木久扇師匠の元へ届いたそうですが、その手紙の終わりにはこう記されていました。あなたの落語を聴きながら強く思ったことがあります。それは、こんな人でも生きているんだから私が死んじゃいけないと。これは実話ですが、この方は生きるための後押しを探していたのでしょうね。
 人が笑いを楽しめる時は、いくらか精神的に余裕と希望がある時か、本当に覚悟が定まった時。そしてわれわれ芸人はいてもいなくてもいい存在。でも、たまには人の役に立つこともある。そんなことを思った自粛期間でした。 (寄稿)

 <しゅんぷうてい・こあさ> 1955年、東京都生まれ。80年に真打ち昇進。落語家初の日本武道館独演会を開くなど落語界をけん引。大河ドラマ出演など多方面で活躍。今春、紫綬褒章を受章。

◆深刻視せず心を解放 哲学者・土屋賢二さん

 動物は笑いません。人工知能(AI)も笑いません。なぜ、人間は笑うのでしょうか。
 人間は、物事をそのまま受け入れる動物と違って、必要以上に重要視したり、深刻に捉えたりするからです。そして、そういう「こだわり」から解放されたとき、人間は笑います。解放する力がユーモアです。
 こだわりの中でも大きいのが自分は価値ある人間でなくてはならないという思い込みです。では、人からこんな自己紹介を受けたら、どうでしょう。「私は腰が低く、太っ腹な人間です。股下は六〇センチ、ウエストは一メートルです」。笑いませんか。自分をけなしてネタにする人を前にして、無理に立派そうに振る舞うことはそんなに重要ではないと気付くからです。
 身に降りかかった不幸も、われわれは深刻に捉えがちです。だからコントでは、お葬式や失恋、受験の失敗などがテーマになります。お葬式の最中に子どもが騒いだので、大人が「うるさいぞ、ぼうず」と叱る。お坊さんのお経がピタリと止まる。笑ってしまいますよね。それは、死の恐怖に対し、間接的な形ではありますが、深刻になり過ぎる必要はないのかもしれないと気付かされるからです。
 困難な状況にあるときこそ、ユーモアは力を発揮します。第二次大戦中、ドイツ軍が英仏海峡を封鎖したときの話です。英国にとっては厳しい戦況ですが、英国のある新聞は見出しでこう書きました。「欧州大陸は孤立した」。事態を過度には深刻視しないという態度表明で、これもユーモアの表れです。たとえ笑えなかったとしても、気持ちは楽になります。
 ユーモアや笑いは、ある種の攻撃です。あらゆるこだわりを攻撃できます。ただし、相手に殴りかかるのではありません。「あっかんべー」をするのに似ています。おまえのことなど重要視していないぞと態度で示して、笑い飛ばそうとする。賢明な方法だと思います。
 新型コロナの影響で、自粛しなければいけないことが多くなりました。私もいろいろ自粛しています。それで、最近のエッセーでは、こんなふうに書いています。
 妻に反抗することも自粛している。規則正しい生活も、適度の運動も、腹八分目も自粛している。そういう生活を始めて、もう何十年もたつ。 (聞き手・越智俊至)

 <つちや・けんじ> 1944年、岡山県生まれ。お茶の水女子大名誉教授。専門の哲学の他、ユーモアエッセーも多数執筆。著書『無理難題が多すぎる』が2020年本屋大賞「超発掘本!」に選ばれる。

◆ビジネスでも効果大 元お笑い芸人、起業家・中北朋宏さん

 笑いは感情を共有することで他者との関係性を深めてくれ、自身の安らぎにもなります。人生を豊かにするために必須のものです。今の社会は失敗が許されないような緊張感に満ちていますが、笑いを効果的に使えば変わると思います。物事を面白く捉える力によって、失敗も人生をより良く捉え直す糧となり得ます。芸人の夢を諦めた後に会社を立ち上げた私を支えてくれたのも笑いの力です。
 芸人から人事系のコンサルティング会社に転職し、会議でボケたらメチャクチャ怒られました。それまで笑いを取れば褒められていたのに、「なぜ、この人たちは会議で笑わないのか?」と疑問でした。「世の中、真面目すぎる」とも。今では人と人とを結び付けてくれる笑いの力は、ビジネスでも大きな効能があると確信しています。
 私の会社では、コメディーとコミュニケーションを掛け合わせた「コメディケーション」という言葉を作り、笑いのメカニズムをビジネスに活用した組織の風土変革に取り組んでいます。あまたの企業研修があっても、上司と部下の人間関係などの課題が解決しにくい現状からアプローチを抜本的に改めました。具体的には、失敗をネガティブな言葉で責めるのではなくポジティブに「イジる」ことで笑いに変えるほか、面白い話の構造を分解して個々の事例に当てはめ、商談の際に緊張をほぐす「アイスブレーク」に活用してもらうなどで、実際に成約率が上がった会社もあります。
 コロナ禍の今、幸せの基準が変わり、「外で飲める」「友人に会える」といった当たり前だったことが見直されています。重視されるのは大切な人と笑い合い、共に育まれていくことです。ビジネスでもオフラインの価値が高まり、ほとんど「決め」の場になる一方、オンラインは信頼獲得、情報収集の場と、役割が明確になってきます。感情が見えにくいオンラインでの会議や商談で重要なのは、相手を引き付ける力ですので、笑いの活用は非常に効果的です。
 社内においては、目的のない会話がなくなり、情報や感情の共有がしづらくなります。上司と雑談のためだけにビデオ会議アプリをつなげるような部下はいないでしょうから。分断や孤独感を感じさせないためにも、笑いの力をうまく使って雑談の場をつくるなどし、組織のつながりを保つことが求められます。 (聞き手・清水祐樹)

 <なかきた・ともひろ> 1984年生まれ、三重県出身。浅井企画に所属し、お笑い芸人として6年間活動。その後、人事系コンサルティング会社などを経て、2018年に株式会社俺を設立。

関連キーワード

PR情報