<新かぶき彩時記>「切られ与三」の蝙蝠安 癖ある脇役、名人の型

2020年7月3日 07時47分
 「いやさお富、久しぶりだなあ」で知られる「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」。元彼女に偶然再会した元若旦那・与三郎の台詞(せりふ)で有名です。
 木更津(千葉県)で土地の親分の妾(めかけ)・お富との密会が露見した与三郎は、切り刻まれて海に投げ込まれます。三年後、落ちぶれた与三郎が別の人物の妾となったお富に出会う物語。
 与三郎に悪事を仕込むのが無頼漢の蝙蝠安(こうもりやす)で、右頬(ほお)に蝙蝠の刺青(いれずみ)を入れているのが名の由来。与三郎を伴ってお富の妾宅(しょうたく)に、小遣い銭をたかりに出かけます。女房の古着をひきずりながら家に上がり込み、意地汚く煙草(たばこ)をねだったりと、一癖ある抜け目なさとコミカルさを併せ持った、しどころの多い役です。
 名人松助と呼ばれた戦前の脇役・四代目尾上松助の演技が有名で、十五代目市村羽左衛門の与三郎、六代目尾上梅幸のお富との組み合わせは「三絶」と呼ばれました。松助以降も、六代目尾上菊五郎、初代中村吉右衛門、二代目市川猿之助(初代猿翁)ら名優も演じ、ひとつの型が作られています。
 与三郎のモデルは、長唄師匠・四代目芳村伊三郎ですが、蝙蝠安も実在の人物だそう。木更津出身の優男で、博打(ばくち)で身を持ち崩し、伊豆新島に流刑になりました。実際には刺青は左足の太ももにあったとされ、新島と木更津にも墓があるそうです。 (イラストレーター・辻和子)

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