女優の素顔 掘り起こす 『輪舞曲(ロンド)』 作家・朝井まかてさん(60)

2020年7月5日 07時00分
 伝説の女優は、希代の悪女だったのか。大正時代につかの間の輝きを放った新劇女優、伊澤蘭奢(らんじゃ)。交わり合った四人の男たちの視点から、一人の女性としての素顔を掘り起こした。「友達になりたくないな、嫌な女やなというのが、最初に彼女の遺稿集を読んだときの印象でした」。おっとりした大阪弁で、ユーモアたっぷりに執筆を振り返る。
 物語は蘭奢が亡くなった直後、愛人だった出版社社主の内藤民治(たみじ)が、三人の男に遺稿集の出版をもちかける場面から始まる。「人にどう愛されて、どう憎まれたかを語ることで、蘭奢本人の像を浮かび上がらせられると思ったんです」。集まったのは、遠縁で人気活動弁士だった徳川夢声(むせい)、蘭奢のひとり息子で祖父母に養育された伊藤佐喜雄、そして大学生の福田清人。後に伊藤は作家として、福田も児童文学作家として歴史に名を残すことになる。
 日本が近代国家へと突き進んだ明治時代をへて、文化の果実を味わった大正時代。伝統的な価値観と、自由で開放的な空気がせめぎ合っていた中を、蘭奢は生きた。舞台を目指して妻と母の役割から降り、島根から東京に出たときは既に二十七歳だった。
 「四十になったら死ぬの」。不倫相手だった夢声にはそう語り、パトロンとなった内藤の庇護(ひご)を受けながら「女優」という役の階段を駆け上がる。そして言葉通り、四十歳を前に人生の緞帳(どんちょう)は下りた。「人生そのものも、演劇性の濃厚な女性ですよね。でもそれは多かれ少なかれ、きっと私たちにもあるんです」
 三年ほど前、かつて東京の帝国ホテルにあった演芸場の歴史を調べる機会があり、大好きなチェーホフの戯曲「桜の園」を上演していた記録を見つけた。そこで主演していたのが蘭奢だった。「努力して女優として成功した、というだけではない何かを感じました。そして周囲にいる男たちが、とにかくすごい人たちでしたから」
 二〇〇八年にデビュー以来、歴史に生きた人たちの心模様に迫る小説を数多く手がけてきた。今回挑んだのは、蘭奢と四人の男が入れ替わりながら、異なる人生を語っていくスタイル。「危険なやり方だったけれど、男たちの人生も大切に描きたかった。多視点ならではの小説の美しさが生きたらいいな」。新潮社・一八一五円。 (宮崎正嗣)

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