わたしの全てのわたしたち サラ・クロッサン著

2020年7月5日 07時00分

◆思春期の過敏な自意識
[評]岡本啓(詩人)

 「頭を2つ、心臓も2つ、肺と腎臓も2組、腕は4本」それで「坐骨(ざこつ)のところでくっついて」生きている。結合双生児の高校生グレースの物語だ。彼女は自分を囲む好奇の目を常に感じている。ただ、意識させられるのはそれだけでない。「結合双生児は、そのほとんどが、大人になる前に死んでしまう」。彼女は死を常に意識しながら生きている。彼女は、そして、率直に話し始める。家族、友人、身体(からだ)を共有する姉妹について。
 時折飛び込んでくる言葉がとても印象的だ。「噴水のような、妹の体」「限界の川を渡る」。あるいは「は? うざ」。砕けた日常の言葉も粒立っている。金原瑞人(かねはらみずひと)が「ていねいに訳した」翻訳を、詩人、最果(さいはて)タヒが「自分の作品として書き直す」。このコラボレーションがきいている。二百二十もの小タイトルと改行が展開にリズムをうみ、息が通った現在の日本語がある。
 カーテンのむこうは嵐というシーン。「窓から、外を見てみたい。//私ひとりで。/たった一人の身体で」。なんて素朴な願いだろう。ただ、動けば身体のつながるもう一人を起こしてしまう。フィクションでありながら、彼女の置かれた現実の切実さに胸をつかれる。
 主人公の単一視点が本作を貫く。それは読み手に主観的な印象を与えかねない。けれど半身を姉妹で分かち合うグレースは、意識と身体の間に横たわる問いを体現し続ける。彼女独自の世界の見え方を突き詰めるこの構造こそが作者のゆずりたくないものだ。本作の過敏な自意識の表現は思春期の感じやすさを知る幅広い読者が共有できる。
 「あの血の感じがして、私たちはトイレに向かった。確かめる。赤褐色のシミ。ほっとする。私は、ちゃんと女の子だ」。グレースの声にならない声が読み手に聞こえる。生理、喫煙、インフルエンザ、そして友人への恋。「私は、その背中を黙って見つめるだけだった」。その小さな仕草(しぐさ)がぼくには若い祈りとして響いた。本書は、他者の視線にさらされ、戸惑いを前に生きる者へ、まっすぐ届く。
(最果タヒ・金原瑞人訳、ハーパーコリンズ・ジャパン・1870円)
1981年、アイルランド生まれの作家。本作でカーネギー賞などを受賞。

◆もう1冊

最果タヒ著『コンプレックス・プリズム』(大和書房)。劣等感を巡る随想。

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