本心<293>

2020年7月8日 07時00分

第九章 本心

 その一方で、僕はやはりどうしても、母の「もう十分」という言葉の前で、今も首を縦に振れないままの自分でいた。
 藤原は、相槌(あいづち)を打つと、僕の言葉が続かないのを見てから口を開いた。
「“心の持ちよう主義”というのは、僕が自分で言ったことじゃないんです。僕への批判ですが、僕自身は、流石(さすが)にもう少し複雑なことを書いてきたつもりです。――勿論(もちろん)、現実の不正義は正すべきです。そのための行動を僕は賞賛(しょうさん)しますし、人間の認識、社会の認識が良い方向に変化するように、小説を書いてきました。……しかし、誰もがその行動を起こせるわけではないし、起こしても、現実がすぐには変わらないこともある。何度も戦って傷つき、『もう十分』という人もいますね。僕の文学は、寧(むし)ろ、そういう人たちのための、ささやかなものだったと見做(みな)されるならば、それは喜びです。」
「……母は、そういう藤原さんのお考え通り、一生、何か、端(はた)から見た現実とは違う現実の中で、幸福感を抱いていたのでしょうか。……」
「それはね、……でも、逆なんです。」
「――逆?」
「影響を受けたのは、僕の方なんです。あなたのお母さんは、子供が欲しいけど、結婚は間に合わないという現実を、社会の常識に抗(あらが)って、変えようとしましたね。僕には彼女が生きている物語は、鮮烈なものに感じられました。だから、惹(ひ)かれたんです。――だけど、その新しい人生の計画は、友人の裏切りで挫折しました。彼女は、僕の本に、慰藉(いしゃ)を求めていました。僕はね、小説家としてそのことに心を打たれたんです。そして僕は、あなたのお母さんに、現実を変えるために、もっと努力しなさいとは言えませんでした。これは人が人と向かい合った時の、決して抽象的でない感情です。――初期の僕の作品には、半ば無自覚の、エリート主義的な欠点が露(あら)わでした。僕は、その時代に書いたものを否定します。僕は、あなたのお母さんとの関係を通じて、小説家として、自分は優しくなるべきだと、本心から思ったんです。僕の作風の変化については、色んな人が色んな理屈をつけましたけど、一番大きかったのは、それです。今、あなたに初めて言うことです。……」
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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※7月4日付紙面掲載

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