西行、芭蕉に思いはせ ぶらり栃木県那須町「遊行柳」

2020年7月4日 07時50分

西行の和歌や芭蕉、蕪村の句で知られる歌枕・遊行柳=いずれも栃木県那須町芦野で、2020年4月7日撮影

 栃木県那須町に、古くから歌枕として詩歌や能で取り上げられてきた「遊行(ゆぎょう)柳」がある。何代目かの柳だろうが、歴史のロマンを感じる。新型コロナウイルスで人混みは避けたいが、ここなら人もまばら。大空の下、ストレス発散しては。(藤英樹)
 福島との県境近く、広々とした田んぼの中に二本の大きな柳の木が見える。
 柳の下に立てられた説明板によると、諸国巡歴の遊行上人(時宗の僧)の前に老翁が現れ、この柳の下に案内して消える。夜更けに上人が念仏を唱えると、烏帽子狩衣(えぼしかりぎぬ)姿の柳の精が現れ、極楽往生できることを感謝して舞を披露したという。
 草木にも仏性があるという「草木国土悉皆(しっかい)成仏」の思想が背景にある。室町時代の能楽師・観世信光が「遊行柳」として能に仕立てた。
 平安末期の歌僧・西行は二十代と六十代の二度、みちのくへ旅したが、遊行柳で詠んだとされる歌が
道のべに清水流るる柳かげ
   しばしとてこそ
     立ちどまりつれ
 「新古今和歌集」に収められている。
 江戸元禄期の俳聖・松尾芭蕉が「おくのほそ道」の途次にここで詠んだ句が
田一枚植ゑて立去(たちさ)る柳かな

「田一枚植ゑて立去る柳かな」と記された芭蕉の句碑

 「ほそ道」の地の文には、芦野の郡守戸部某(こほうなにがし)が「ぜひ見ていってほしい」と旅の前に折々話していたというくだりがある。この郡守とは芭蕉の俳諧の門人だった芦野の領主・芦野資俊。句の「植ゑて立去」ったのは早乙女か、芭蕉か、はたまた柳の精かとさまざまに想像がふくらむ。
 さらに芭蕉を慕った俳人・与謝蕪村もここで
柳散清水涸石処々(やなぎちりしみずかれいしところどころ)
 と漢詩調の句を詠んだ。
 三人の歌句碑が柳の下に立っている。風に吹かれながらしばしたたずんでいると、時空を超えたはるかな世界に誘(いざな)われる。    
<メモ> 栃木県那須町芦野。東京から東北新幹線で約1時間半、那須塩原駅か新白河駅下車。東北線に乗り換え、黒磯駅もしくは黒田原駅下車。黒磯駅からはタクシーで約20分。黒田原駅からはバスで約10分、「芦野支所前」下車、徒歩約5分。車は東北自動車道・那須ICで降り、国道4号、同294号など経由で約3時間。

関連キーワード

PR情報