地域のニュースが街を彩る~みんなの経済新聞 デジタルメディアの現在地(6)

2020年7月11日 20時00分
地域に根差して、その地のニュースを届けるローカルメディアは、インターネットの普及によって多くの参入者が生まれては消えていった。消長の歴史の中で、2000年に始まった東京の「シブヤ経済新聞」は、すでに20年の歴史を重ねたウェブ単独のローカルメディアの代表格だ。今では「ヨコハマ」や名古屋の「サカエ」など国内外の128地域に広がり、「みんなの経済新聞ネットワーク」を形成する。ヤフーやスマートニュースなどネットニュース業界の大手も注目するローカルニュースの今を探った。
(名古屋電子編集部・大島康介)

◆出発点は「軽やかに街を知りたい」との思い

流行の発信地である東京・渋谷に25階建ての商業ビル「渋谷マークシティ」が開業しようとしていた20年前。工事中のマークシティを見上げながら、西樹(にし・たてき)さん=みんなの経済新聞ネットワーク代表=は、街が大きく変わる気配を感じていた。
「見慣れた街に、新しいビルがどんどんできてくる。どんなビルができるんだろう、どんな店がオープンするんだろう。そんなことを考えながら、歩くことが多くなっていたんです。工事現場で建築確認の看板をじっくり読むことも増えた」
ただ「街がどうなっていくのか」という情報を得ようとしても、満足できるものはなかった。再開発の計画が新聞の地方面に載っていたり、新しい店の話題がフリーペーパーに出ていたりはしたが、断片的なものばかりだった。「もう少し軽やかに街のことを知りたい」との欲求がわいた。
「シブヤのことを伝えてくれるメディアがないのだったら、自分で作ってしまおう」
そんな決意から「シブヤ経済新聞」は生まれた。紙媒体を持たず、ウェブサイトだけで発信していく新しい「新聞」は、マークシティが開業した2000年4月に第一歩を踏み出した。

みんなの経済新聞のページをタブレットで示す西樹さん=東京都渋谷区のシブヤ経済新聞で

西さんの本業は「花形商品研究所」という会社の経営者だ。新商品や新サービスのPR方法を企業と一緒に立案する仕事を手掛けている。子どものころから新聞を読むのは好きだったが、ニュースの編集に携わるのは初めてだった。
「新聞やテレビに出てくるような事件や事故をシブヤ経済新聞が追い掛けるのは無理だと、最初から分かっていた。でも、渋谷に住んでいる人や働いている人の関心は、新しい店などの街の情報だろうと。狭い地域ではあっても、そこには確かに経済があるんです」そんな思いが、シブヤ経済新聞の名前には込められているのだった。
西さんたちは記者数人で、1日1本を目標に記事を書いていった。渋谷、青山、原宿、代官山、恵比寿という地域を「広域渋谷圏」と定めた。このエリアを歩き回りながら、店の人に話し掛けては、いろいろな質問をした。記事に使う用字や用語の手引である共同通信の「記者ハンドブック」も読みながら、手探りでニュースメディアの体裁を整えていった。

◆「のれん分け」で国内外に128サイト

2004年には、のれん分けのように横浜市で「ヨコハマ経済新聞」が発足する。渋谷で一緒にやってきた人が、「横浜でも始めてみたい」と提案したことが発端だった。
「渋谷で始めた時には、他の地域に広がるなんて考えてもいなかった」と西さんは話すが、既存メディアの地域ニュースに物足りなさを感じている人々が全国にいたようだった。第2号のヨコハマが立ち上がると、あちこちから「うちの地域でも」「運営方法を教えて」という声が西さんに掛かるようになった。
基本となるウェブサイトの形を、簡単にコピーすることができるのはネットメディアの特徴と言える。西さんは「シブヤ経済新聞のようなローカルメディアを作りたい」という人たちに、サイト運営や記事編集のノウハウを惜しげもなく伝えていった。いつのまにか「みんなの経済新聞ネットワーク」という1つのまとまりを形づくっていく。
2005年ごろには、全国紙やテレビ局のニュースを集めているヤフーニュースからも声が掛かる。メディアとして認められた節目とも言える出来事だった。全国紙や地方紙が取材していない独自記事を配信すれば、ヤフーニュースで多くの人に読んでもらうことができた。
今では、鳥取など一部の県を除き、ほぼ全ての都道府県に118のサイトを持ち、香港やカナダのバンクーバー、インドネシアのバリなど海外にも10のサイトがある。すべてのサイトの記事をまとめている「みんなの経済新聞ネットワーク」のウェブサイトには、全国から1日100本前後の記事が出てくる。

◆ナゴヤの元気を伝えるサカエ経済新聞

その1つが、名古屋市の中心街「栄」を取材エリアにしているサカエ経済新聞だ。大須に事務所があるデザイン会社「クーグート」の高橋佳介さん(53)と森田和美さん(41)らが2005年9月にスタートさせた。「○○経済新聞」としては全国5番目と早いタイミングだった。
「愛・地球博もあって『名古屋が元気だ』と言われていたタイミングで始めたんです。名古屋の元気さを感じられるような話題をネットに出していけば、自分たちが過ごしている大好きな街がもっと元気になるんじゃないかと思って」と森田さん。

大須商店街に立つサカエ経済新聞の森田和美さん


栄の街を15年間にわたって取材し、ローカルメディアを編集し続けてきたことで、大きな収穫があった。デザイン会社の本業で、地元での仕事を引き受けることが増えたという。名古屋市が催すイベントや、地域の商店街に関わる機会も多くなった。取材に足を運んだ先で、デザインに関する相談をされることもある。
今、愛知県には「サカエ」と「名駅」の2サイトがあり、岐阜県の「飛騨」、三重県の「伊勢志摩」と合わせて東海3県には4つがあるだけだ。東京都の37サイトは別格としても、大阪府の8サイト、北海道の4サイトと比べても少ない。
森田さんは「東海地方はローカルメディアがもっとあっていい。岐阜市や豊田、常滑、四日市あたりは地域としてローカルメディアを運営しやすいと思う」と話す。地域の情報を求める読者がいる、との手応えがあるという。
ニュースを扱うネット事業者「プラットフォーマー」の目から見ても、ローカルニュースの存在は重要になっている。
日本で都道府県別のローカルニュースを見られるようにしているスマートニュース。フェローの藤村厚夫さん(66)は「地域の情報はスマートニュースにとって、とても大切な分野だ。これから強化していきたい」と言う。
「自分たちの生活圏に近い情報には、すごく鋭敏に反応する。新型コロナウイルスの関連ニュースではそうだった。コロナだけじゃなく、ローカルニュースにはニーズがある。地域の情報発信をしやすい仕組みを整えていくこともネット時代には必要だ」と語る。

◆多角化で収益増を目指す

しかし、地域社会から求められているローカルメディアが収益を上げられる事業かというと、シブヤの西さんもサカエの森田さんも首を横に振る。
西さんによると、みんなの経済新聞ネットワークの収入は、ウェブサイトに掲載する広告からもたらされる。広告仲介には、グーグルのサービスを利用しているが、収入は「記者や編集者を専業にしたら、人件費で赤字になってしまう」ほどという。ヤフーニュースへの配信から得られる金額も大きな足しにはならない。本業のある人が、地域への思いを持って副業として取り組むのがローカルメディアの現状という。
ただ、渋谷で積み重ねた20年の歳月から、西さんはローカルメディアについて考えることがある。「大した金にならないからローカルメディアは不要と考えるか、それとも、金にならなくても地域にとって必要だと考えるか。私たちは読者から必要とされていると感じてきたから続けてくることができたし、もっと地域のニュースは豊富になっていいと思う」
事業を続けるため、コミュニティーFMとの連携事業を進めたり、電子看板や渋谷区ホームページへの記事配信をしたりと、収益の多角化を図っている。ネットメディアの環境変化は速く、大きいので、アプリの開発や動画利用など、新しいことにはとりあえずチャレンジしてみることを心掛けているという。
2020年の春には新型コロナウイルスで、地域の商店や飲食店が大きな打撃を受けた。西さんたちは「こんな時にも前を向く動きを伝えたい」と発信を続けた。テークアウトを始める店の記事は、反響も大きかったという。この先に見据えているのは、発生が心配されている首都直下型地震だ。「発生した時に、地域のメディアとして何ができるのか。私たちの真価が問われるのだと思っています」

「自分たちのメディア」と思ってもらえる関係を

ローカルメディアに詳しい影山裕樹さん

今なぜ、ローカルメディアが求められているのか。紙媒体かインターネット媒体かを問わず全国のローカルメディアを広く取材してきた編集者の影山裕樹さん(38)=東京都豊島区=は「既存メディアが地方に暮らす人たちと向き合って記事を書いてこなかった結果だ」と指摘する。

影山裕樹(かげやま・ゆうき)1982年1月、東京生まれ、38歳。編集者、「千十一編集室」(せんといちへんしゅうしつ)代表。全国のローカルメディアを取材しており、著書に「ローカルメディアのつくりかた」など(写真は本人から提供)

みんなの経済新聞ネットワークが重視しているのはハッピーニュースだ。地域に暮らしている人が楽しく、前向きになれる情報を出すことを心掛けている。他の地域の人にとっては、どうでもいいようなローカルなネタを大切にしている。それによって顔の見えるファンを獲得できるからだ。
私が見る限り、多くの新聞社はファンの獲得に熱心ではなかった。新規読者を得ようと、購読者以外の人にばかりにアプローチしてきたことや、広告でマスに消費を訴えることが優先されてきたからだと思う。これからは、今いる購読者へのサービスを最優先にするビジネスモデルを考えた方がいい。熱心なファンを大事にして、必要な情報を届けていれば、お金を払ってくれるだろう。
どんな人が読んでいて、どんな記事を求めているか。ローカルメディアの強みは、読者のニーズをつかみやすいことだと思う。全国紙や全国ネットの放送局は、遠く離れた存在になっている。ローカルメディアは貢献したい地域を決めて、そこで暮らす人たちと近づくことを考えればいい。大事なことは、双方向の関係を築けるかどうか。情報の作り手と受け手が、一緒に作っているんだという気持ちを持てるかどうか。読者に「自分たちのメディアだ」と思ってもらえるかがカギだ。
地方紙はネット時代だからこそ役割が大きくなってきていると思うが、多くの新聞社が役割を果たせていない。地方に暮らす人たちの方を向いて記事を書いているのか疑問に感じる。どんな大きなニュースでも、ローカルにどんな影響があるのか、という視点で記事を書くべきだ。人々の疑問や不安を代弁するような立場に徹してほしい。
生き残れるかどうかは「本当に必要な会社だ」と思ってくれる人がどれだけいるかにかかっている。地域で生きる人たちに必要とされているかを考えていくべきだと思う。
=おわり=

関連キーワード

PR情報