幕張の海 埋め立て地の果ての新世界

2020年7月5日 07時47分

幕張メッセ建設予定地周辺の広大な埋め立て地。京葉線が横断している=千葉市美浜区で


 広大な埋め立て地ができつつあった。トロッコやダンプカーで休みなく運ばれた土は東と西に頑強に作られたコンクリートの壁で抑えられ、その壁の上を歩いていくと埋め立て地の先端まで行けるようになった。
 そこがやがて幕張メッセになっていくのだが、ぼくたちはもちろん町の人たちもわかっていないようだった。
 けれどそれによって幕張の海岸は消滅し、東のくぎりは花見川の河口だったし、西のくぎりは浜田川だった。海岸と大小二つの川の河口が消えてしまったわけで、ぼくたちにとってはこれは大変な事件だった。
 埋め立て工事をしているときはいたるところダンプカーが走り回り、工事に関係ない人はそこに入っていくことはできなかったのだけれど、基本的な土砂の埋め立てが終わると工事関係者の姿はまったく見なくなってしまった。
 工事は二年ぐらいかかっていたから埋め立て地は二つの春を越えていた。赤茶色だったところは一面に草が生え、赤土はあますところなく緑に変わっていた。いろんな種類の草が生えたのでいろんな色の花も咲いていた。
 春から梅雨をすぎると海にいくたびに地表も海もいろんな色に変わっていた。
 ぼくたちは想像もできないくらい変わってしまった海に驚きつつ、先端のほうがどうなっているのか調べるためにいつもの仲間と一列になってコンクリートの壁の上を歩いていった。あれは何キロぐらい沖まで埋め立てられたのだろうか、小学生なので正確にそんなことを知る気もなかったからいまだに知らないのだが、簡単にいえば今の幕張メッセの面積ほど海に土が盛られていたのだ。
 かつて幕張海岸のあたりから歩いて(子供の足で)埋め立て地の先端まで四十五分から一時間ぐらいの距離だった。
 先端部分に行くにしたがって埋め立て地の凹凸がこみいってきて野草もまばらになってきた。ところどころに車輪のついたトロッコの土台などがころがっていて、だんだん赤土も海にむかって斜面をつくった、その最先端は打ちつける波に洗われていた。もうコンクリートのしきりもなくなっており、土は波によってなだらかに海の中に沈んでいた。
 ゴミもアオサ(海藻)もなく、繰り返して打ち寄せる波によって海岸はいままで見たこともないような波紋が続いていた。小さな頃からひっきりなしに来ていた海岸だったが、あんなに美しい海を見るのはそれがはじめてのことだった。
 ぼくたちは誰からともなくシャツやパンツを脱いで波や風の影響を受けないところにそれらをくくりつけ、みんなで一斉に海に入っていった。埋め立てによってぼくたちはいままで来たこともないそうとう深いところまですでに来てしまっているので、五十メートルも沖に出るともう背が立たない、そしていままで見たことのない美しい海のなかにいた。(作家)

PR情報