「ヤフーに罪はない」 巨大プラットフォームと伝統メディアの愛憎劇 デジタルメディアの現在地(1)

2020年7月6日 20時00分
天気や災害、交通情報からショッピングまで、あらゆるサービスを擁する日本最大のプラットフォーム、ヤフー。トップページの真ん中で、吸引力となってきたのがヤフーニュースだ。日本で最も読まれるニュースサイトとなったヤフーは、この20年でニュースの生態系を一変させた。新聞などの伝統メディアは、あらゆる記事をタダ見せするヤフーに恨み節を漏らしつつ、依存するのをやめられない。ニュースの巨人はどこに向かい、新聞は将来像をどう描くのか。(東京編集局デジタルディレクター・小嶋麻友美)

◆もっと速く、もっと多く… 「麻薬」のようなヤフー配信

ヤフーニュースのスマートフォン用のトップ画面

「最初は『こたつ記事』はやらないはずだった。でもこれほど読まれるんだから、やらない手はないでしょう」。ヤフーに記事を提供しているスポーツ紙の編集幹部が明かす。
「こたつ記事」とは、取材に足を運ばず、こたつに入ったままでも書けるようなお手軽な記事を指す業界用語だ。最近は、テレビや会員制交流サイト(SNS)での著名人の発言やユーザーの反応をまとめただけの記事をよく目にする。
スポーツ紙の発行部数は日本全体で2000年に630万部あったが、19年には300万部を割った。ヤフーニュースの「エンタメ」ジャンルは今やスポーツ紙の主戦場と化し、1分でも早く記事をヤフーに届けようと毎日競っている。早く載れば、「トピックス」と呼ばれるヤフーニュースのトップ8本に採用されるチャンスも増える。
「トピックス」に載る効果は絶大だ。瞬間にページビュー(PV)が跳ね上がり、パチンコの「大当たり」のような状態になる。記事に付けた関連記事のリンクから、自社サイトに呼び込める。だから、ヤフーへの配信は「麻薬」(編集幹部)なのだ。
もちろんスポーツ紙だけではない。ある地方紙の電子メディア担当者は「ヤフーに配信を始めてから、自社サイトへの流入が5、6倍になった」と話す。当初は独自に深掘りした記事に限定してヤフーに配信していたが、話題の事件の速報記事を送ってみたら、PVが「どかんと上がって」現場はやみつきに。1日の配信本数は自然と増えていったという。「記事を書いた記者のモチベーションになっている。自社サイトの広告収入も増えた」とヤフー効果を語る。

◆新聞社との「ねじれた」関係

記事を提供する媒体社に対するヤフー側の支援は手厚い。担当者が毎月、分析データを示しながら、より流入を増やせる見出しや関連記事の付け方などを丁寧に助言する。他にも「記事の共同制作や、(広告主が記事制作の費用を負担する)スポンサードコンテンツなど、いろいろな手段でサポートを考えている」とメディア統括本部の小林貴樹・スタートページユニットマネージャーは話す。
しかし、多くの新聞社が不満を持っているのが、記事配信の直接の対価だ。媒体によって異なるが、地方紙の相場は1PV当たり0.025円。1万人に記事が読まれても、スターバックスでドリップコーヒーが買えない。
別の地方紙の担当者は、伝統メディアとヤフーの関係をこう解いてみせた。
「普通、ビジネスではお金を出す側が強いのに、ヤフーは媒体社に徹底してへりくだる。新聞社も本来は、偉そうにする立場ではないはず。まっとうな対価ではない後ろめたさ、ねじれた商関係の証しなのでは」

◆今も成長する巨人 ニュースの品質は

米国発の検索エンジン、ヤフーが日本でサービスを始めたのは1996年4月。ウィンドウズ95の発売で、パソコンが一気に世の中に広がった時代だ。ヤフーニュースはその3カ月後に登場したが、配信された記事の中からよりすぐりを集めた「トピックス」の誕生は98年である。
「トピックス」は、30代中心のトピックス編集部メンバーが人手をかけて選んでいる。8本の上の方は政治や経済など硬派の記事、下にはスポーツやエンタメを並べるのが基本形。「公共性」と「社会的関心」を方針として、1日約100本つくられる。
「『このニュースを読むべきですよ』とピックアップしてみせたのは、当時は画期的だった。硬軟織り交ぜたことも大きかったと思う」。読売新聞社から転職し、1998年から2013年まで編集部を担ってきた奥村倫弘・東京都市大教授は振り返る。最初は画面の右にあった「トピックス」は、中央に位置を移して、文字どおり「ヤフーの顔」となった。

ヤフーニュースでトピックスづくりに長く携わった奥村倫弘・東京都市大教授

ヤフーニュースの月間PVは、新型コロナウイルスでニュースの需要が特に増えた今年4月、過去最高の225億を記録した。記事を提供しているのは4月末時点で380社、590媒体。この3年でも、200媒体ほど増えている。新聞、通信、出版、テレビ局のほか、ネットメディアやマーケティング会社も参入し、選択肢の広さこそヤフーの強みだ。
その半面で、ニュースの質を巡る議論は絶えることがない。媒体社との契約を担当していた元社員は「読まれるのは芸能、スポーツとおでかけ情報。新聞社から出てこないので、電話取材もせずどこかから書き写しただけだろうな、というコンテンツも取り入れた」と打ち明ける。
1日に入ってくる記事は約5000本。「こたつ記事」や、記事内容とずれている「釣り見出し」には厳しく対処しているとヤフーは言うが、「(チェックをすり抜けて)機械的に出てしまうものもある。ヤフーニュースとして掲載責任はある」と小林氏は話す。多く読まれているものから優先して審査するしか、対応策は見つかっていない。

◆「データ企業」とニュースの行方

ヤフーが日本で支配的な地位を占めるに至ったのには「リスクをいとわない創意工夫と進取の気性がある」と、著書「2050年のメディア」でヤフーと新聞業界を研究した下山進・慶応大特別招聘教授は指摘する。ヤフーニュースの責任者などを務めた後、18年にヤフーの社長に就任し、現在は持ち株会社Zホールディングスも率いる川辺健太郎社長は、LINEとの経営統合を経て米中の巨大IT企業に次ぐ「第三極」を目指すと鼻息が荒い。成長の源泉として最も重視するのが、「ビッグデータ」の活用だ。ヤフーのさまざまなサービスで蓄積したデータを企業や自治体に提供し、新たな活用を探る事業をすでに進めている。「ヤフーは『データの会社』になる」と川辺氏は公言する。

日本記者クラブで会見したヤフーの川辺健太郎社長=20年2月、東京都千代田区で

「(会社として)ニュースに対する熱量が落ちたという指摘がある」。今年2月、日本記者クラブで会見に臨んだ川辺氏に、ある全国紙から質問が飛んだ。反論はこうだった。「私は歴代のヤフーニュースのプロデューサーの中で圧倒的に長い。思い入れもある」「ニュースを一番大事に思っているのは私だ」
小林氏も「(川辺氏から)むしろ『しっかりやれ』とプレッシャーが増えている」と説明する。トップページを訪れる人の多くは、今もニュースが目当て。「ニュースサービスが弱体化すればトップページ自体が弱体化する。広告やEコマース(電子商取引)事業が弱まることにつながる」と説明する。
ニュースの大切さはたしかに揺るがないだろう。ただ、大切である理由は、日本の言論を否が応でも担っているという「公共性」ではなく、ヤフーというプラットフォームの「企業価値」ではないのか。「データを取るには多くの人を集めなければいけない。その吸引力として、ニュースは非常に強く働くはずです」と奥村氏は言う。
奥村氏は18年、「ニュースより優先度の高いものが会社に出てきた」と感じたこともあって、ヤフーを退社した。この前後、同じようにヤフーニュースの礎を築いた社員たちがかなりの数、去った。「メディア事業から重点が離れたことを察知したためだ」と下山氏は解説する。

◆“ヤフー離れ”を迫られる伝統メディア

2018年度の総務省の調査では、人々が記事を最もよく「読む」手段で、ヤフーニュースやグーグルニュースなどの「ポータルサイト」が38・1%に上った。前年度まで最多だった「紙の新聞」は30・7%。5年前の6割からほぼ半減して、ついに首位の座を奪われた。
紙からデジタルへ、伝統メディアは転換を急ぐが、道は険しい。英オックスフォード大ロイター・ジャーナリズム研究所によると、日本で有料のオンライン記事を読む人は8%程度。デジタルの有料購読モデル(サブスクリプション)で成功している新聞社は、日経新聞ぐらいとの見方が一般的だ。だから「ニュース=無料」の図式を社会に植え付けたヤフーに矛先が向かう。
ただ、たとえヤフーがなくても、他の巨大プラットフォームが入り込んでいただけかもしれない。下山氏はこう断言する。「ヤフーがあったから、日本では欧米ほどグーグルの支配が広がらなかった。ヤフーに罪はないですよ」
「ヤフーが重点を移していくのと同時に、伝統メディア側も『ヤフー頼み』もしくは『憎し』から離れていく必要がある」と下山氏は言う。
西日本新聞の記者、福間慎一さん(43)は、16~17年にヤフーに出向して、トピックス編集部で働いた。編集部の人たちはニュースへの思いを持っていたと振り返った上で、「新聞社にとってニュースは主力商品だが、プラットフォームのヤフーにとっては集客手段の一つ。立場の違いを認識した上で、どう向き合い、どう利用するか考えなければいけない。『ヤフーが悪い』『不平等条約だ』と言うだけでは未来がない」と指摘する。
プラットフォームとの距離感の模索は始まったばかり。体力を失いつつある伝統メディアに、残された時間は多くない。
 

プラットフォームとの攻防、欧米では激しく

国外の状況はどうだろうか。オンラインで約400万人の有料ニュース購読者を持つ米紙ニューヨーク・タイムズは6月末、アップルが米国のiPhoneなどで提供している「アップルニュース」から、自社の記事を引き上げると発表した。
アップルニュースは、提携する大手メディアの記事を、人手とアルゴリズムで選んで載せているニュースアプリだ。同紙によると、読者は月1億2500万人に上り、世界最大のニュースサイトの1つ。しかし、メディア側に入る収入はやはり、多くないという。
同紙は提携を打ち切る理由として、読者との直接の関係やビジネスとして統制する力を、メディア側が持つことができないことを挙げている。ただ、巨大プラットフォームに対する強気の対応は、自前の有料購読者を獲得する点で、世界でも数少ない成功例として知られるニューヨーク・タイムズだから可能と言えるだろう。
メディアに背中を押される形で政府による締め付けも強まり、フランスやオーストラリアでは、グーグル、フェイスブックなどが報道機関に対価を支払うよう義務づける法制化が進められている。
プラットフォーム側も態度を変えざるを得なくなってきている。これまで、記事の見出しとリンクしか掲載していないことを根拠に、コンテンツの対価の支払いを拒んできたグーグルは、ドイツなど3カ国の報道機関の「質の高いジャーナリズム」に対して支払いを始める予定だ。伝統メディアとプラットフォームの攻防は激しさを増すばかりとなっている。
※中日新聞社が発行する中日新聞と東京新聞、北陸中日新聞は、ヤフーニュースへの記事提供は行っていない。中日スポーツは2019年から一部記事を配信している。

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