本心<296>

2020年7月11日 07時00分

第九章 本心


 正直なところ、藤原との面会がなければ、彼女の決断から僕の被った打撃は、もっと直接的に大きかっただろう。しかし、昨日来、僕の心を占めている混乱は、倍加されるというより、却(かえ)って幾分、相殺されたような気がした。苦悩するのにも、一種の集中力が必要なのかもしれない。
 本当に身に応えるのは、明日、彼女がいなくなってからだろう。
 藤原亮治には、昨夜のうちにメールで、訪問を歓迎してくれたことの礼を伝えていた。その返事が午後に届いた。僕は、あの施設の一室を思い浮かべ、そこで彼が、僕のメールを読み、考え、返信を書こうとしていた姿を思い描いた。
 彼は、僕との会話を「楽しかった」と書いてくれ、続けて、こう記していた。
「あなたのお母さんが、拙作を読み続けてくれていたというのは、思いの外(ほか)のことでした。
 長く続いた関係でしたが、最終的に、それを終わらせたのは、お母さんの方です。そのことは昨日、お伝えすべきでした。彼女の罪悪感を宥(なだ)めていたのは、僕の欺瞞(ぎまん)です。彼女の後半生には、それも影響したのかもしれません。」
 藤原との会話の中で、僕は、海外で生活しているという彼の子供たちに、一種の嫉妬を感じていたが、彼らからしてみれば、母は存在すべきでなかった人なのだった。そして、僕はと言うと、藤原の前に、今更出現すべきでない、その遺児だった。
 僕は迂闊(うかつ)にも、初めてそのことに思い至り、「またいらっしゃい。」という彼の厚意を、真に受けてはいけないのだと考え直した。
 僕はもう、彼の許(もと)を訪ねることはしないだろう。会うよりも寧(むし)ろ、今書いているこの文章を――これは、何と呼ぶのだろう?――もし読んでもらえるのなら、と一瞬、考えたが、それこそ虚(むな)しい希望だった。昔、関係のあった女性の息子に、一、二時間、面会するよりも、その書いたものを読むというのは遙(はる)かに大きな負担だろう。取り分け、彼のように、自分に残された時間を意識せざるを得ない人にとっては。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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※7月7日付紙面掲載

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