底抜けの明るさと、恐るべき合理主義 <書評>天才の考え方 加藤一二三(ひふみ)、渡辺明著

2020年7月12日 07時00分

◆名局分析が生む「ひらめき」
[評]木村草太(そうた)(東京都立大教授)

 加藤一二三・九段と渡辺明三冠は、史上五人しかいない、中学生プロ棋士となった「天才の中の天才」。本書は、その二人のエッセーと対談をまとめたものだ。
 深淵(しんえん)な思考を言葉に出さない棋士も多い。しかし、二人はそれを率直に表明してくれる。おかげで読者は、加藤九段の底抜けの明るさと、渡辺三冠の恐ろしいほどの合理主義を堪能できる。
 例えば加藤九段は、羽生善治九段の「直感の七割は正しい」という有名な言葉について、これは全く言い過ぎではないと断言する。さらに、加藤九段の直感が何パーセント正しいかも書かれているが、その数字は驚くべきものだ。他方、渡辺三冠の凄(すご)みを感じさせるのは、不調時の分析に関する記述だ。「自分の将棋の型が時代の潮流についていけていなかった」と、自らの欠点を認める冷徹さは、あまりにかっこいい。
 この本では、AI(人工知能)の登場も大きなテーマになっている。将棋AIが発展し、「将棋ソフトを使えば、最初から解が出される」状態になった。現在では、あらかじめ重要な局面を解析し、暗記しておくことが対局結果を大きく左右する。プロが解析すべき局面、覚えるべき手は無数にあり、渡辺三冠はAIの発展で「やることが多くなりすぎている」と言う。
 もっとも、将棋界は暗記だけで勝てるような甘い世界ではない。加藤九段は、暗記以上に「ひらめき」が重要だと指摘する。それを養うには「先輩たちが残している名局」から学ぶ必要があり、藤井聡太七段の活躍の土台にもそれがあるはずだという。
 コンピューターの発展で効率性が上がる一方、やることが増えたのは将棋界だけではない。私が専門とする法学でも、判例や外国法の調査は格段に効率的になったが、処理すべき情報も膨大になった。やることが多くなりすぎて迷子になりそうになったとき、本書は「本当にやるべきことは何か」のヒントをくれる。
 将棋を知らなくても楽しめる内容なので、多くの人にお勧めしたい。
(中央公論新社・1540円)
加藤 1940年生まれ。2017年に引退。
渡辺 1984年生まれ。棋王、王将、棋聖の三冠。

◆もう1冊 

岡村淳司著『頂(いただき)へ 藤井聡太を生んだもの』(中日新聞社)。中学生でプロ棋士になり高校生棋士として活躍中の藤井七段を追う本紙連載をまとめた。

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