富士山宝永噴火で埋没の小山・須走 300年前の家屋遺構発見

2020年7月11日 07時54分

宝永噴火の火山灰で埋まった家屋の一部が見つかった試掘現場

 1707年の富士山宝永噴火で集落が火山灰に埋没したとされる小山町須走地区で、当時の家屋の柱とみられる木材などが地中から見つかった。宝永噴火で埋まった家屋の遺構が同地区で見つかるのは初めて。試掘調査をした町教委学芸員の金子節郎さんは「集落の全容はまだ不明だが、古文書の記録の一端が裏付けられた」と説明する。(佐野周平)
 町教委によると、地中の埋設物を調べるレーダー探査で、町道整備予定地に家屋の遺構が埋もれている可能性があると推定。昨年六月に初めて試掘した。調べた面積は約四十平方メートル。
 深さ約二メートルの地点で、黒く焼け焦げた二本の木材が直立した状態で見つかった。木の直径は約十センチで、家屋の柱の一部とみられる。軽石が堆積した層の下にあり、金子さんは「噴火時に高温の軽石が飛来し、家が燃えた可能性が高い」と推測する。軽石の上には火山灰などが積もっていた。

家屋の柱の一部だったとみられる、黒く焼け焦げた木=いずれも小山町で(町教委提供)

 ほかにも、家屋の礎石か階段だったと思われる石の列や畑の畝など、家屋の存在をうかがわせる遺構があった。
 町教委は土のうで周囲を固めるなどして遺構を埋め戻し、既に町道が整備されている。金子さんは「掘り進めると遺構を傷つける可能性がある。本格的な発掘は次の世代に託したい」と話した。宝永噴火で埋没した家屋は、御殿場市の長坂遺跡でも見つかっている。
 町に伝わる古文書には、宝永噴火の際、火口から約十キロ離れた須走地区の須走村に数メートルの火山灰が積もり、集落の家屋七十五棟は全て焼失、倒壊したと記録されている。須走地区では過去に、当時の物とみられる鉄鍋や石臼も見つかっている。

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