駄民具という宇宙 @野方 駄目で無駄、それでも愛さざるを得ない

2020年7月16日 07時10分

中野区のシャッター街で異彩を放つ店構え

 縁日の露店、観光地の売店でついつい買ってしまっては、家族に嫌な顔をされるチープでダサい品々…と言えば誰もが思い当たるだろう。駄目で無駄。だから「駄民具(だみんぐ)」。これぞ不要不急の極致のような存在に愛情をささげる人がいる。
 西武新宿線野方駅(中野区)の改札を抜け、にぎやかな商店街を歩くと、そこだけ昭和の時代に戻ったようなアーケードがある。「野方文化マーケット」と書いてある看板をくぐる。シャッター街の中で「駄民具ダミラ」が営業中だった。
 ポールに、あれこれつるされていた。ひものついた絵馬のような板には「高尾山」と書いてあり、温度計が貼ってある。キーホルダーはガイコツやタコ、恐竜の飾りがついている。昔、観光地でよく見かけた。
 たばこ屋さんをイメージしたという棚で「ASIMO(アシモ)」の人形を見つけた。二〇〇〇年代に入りホンダが開発し、研究を終了した二足歩行ロボットの関連グッズだが、すでに懐かしさの対象のようだ。

「駄民具」を造語した佐藤葵さん

 「誰かの心の原風景に訴えかけるのなら、古いものも新しいものも置く。統一性がないように見える商品をひとくくりするのが『駄民具』の言葉なのです」。店主の佐藤葵さん(33)が説明する。
 「駄民具」は、佐藤さんが三年前の店のオープンに合わせて考えた造語だ。ネットで「駄民具三カ条」を発表して浸透を図る。前提として「世間的には価値のない物」で、なおかつ「必要とされていない物」であることが重要だ。
 岩手県出身。進学した東北芸術工科大学のキャンパスがある山形市でなにげなく足を運んだ骨董(こっとう)市で「誰が何に使うのか分からない」ものに引かれた。大学で工業デザインを勉強していたが、当時、よいとされていた「シンプルイズベスト」の考え方が肌に合わなかった。「うさんくさいものに憧れた」

カラフルなオウムやナゾの人形

 ある日、野球選手の絵が描いてある「ホームラン笛」を見つけた。気になったのに買わず、後で見にいったらなかった。それから気になったものはできるだけ買い集めるようにした。
 卒業後は仙台市と埼玉県の会社を転々。「好きじゃない仕事」をしながら、骨董市をのぞいた。さいたま市の神社で気になる骨董商のおじさんがいた。茶色っぽい風景のなかで、そこだけカラフルだった。ほかは仏像やつぼなど美術品を並べているのに、観光地の民芸品や昔の玩具、こけしを売っていた。
 月一回の骨董市で言葉を交わすようになったおじさんにアドバイスを仰ぎ、五年ほど前に古いものの「行商」を始めた。商品を詰めた衣装ケースをキャリーに載せ、電車でフリーマーケットやイベント会場に行く。行商は店を始めてからも続けている。

懐かしいペナント

 客が商品を見て、感慨にふけっている様子が面白い。茶だんすに入れたりブラウン管のテレビの上に置いたりして似合うことも「駄民具」の条件だと思うが「何も置いていないか、スタイリッシュか」の家が多くなった現代では、あまり見られない光景となった。
 なくなってから存在の貴重さに気付く。それが駄民具。今は人々から奇異な目で見られる店も「なくなったときに真価を発揮するのかもしれない」と思っている。

【駄民具三カ条】

 一、親に捨てられがち
 二、無駄な物だと解っていても欲しい
 三、手にすると絶滅危惧種を保護したような気持ちになる

文・浅田晃弘/写真・坂本亜由理
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