藤井聡太新棋聖 棋士たちが語る17歳の強さの秘密

2020年7月17日 09時46分

最年少で初タイトルを獲得し、「初載冠」と記した色紙を手にする藤井聡太新棋聖。左は師匠の杉本昌隆八段=大阪市の関西将棋会館で

 将棋の第91期棋聖戦第4局で、高校生棋士の藤井聡太七段が渡辺明棋聖(36)に勝ち、史上最年少で初タイトルの棋聖を獲得した。「彼は、将棋界に神さまがくれた『ギフト』かもしれない」。同業の棋士にそこまで言わせる天分を、ひた向きな努力で開花させ、17歳のタイトル保持者の誕生である。数々の新記録を打ち立ててきた強さの秘密はどこにあるのか。棋士たちの言葉から分析する。(文化部・樋口薫)

◆「何が起きたのか分からないほどの強さ」

 冒頭の発言の主はベテランの高野秀行六段(48)。棋聖戦第2局での藤井七段の完勝ぶりに「これでタイトルを取れない方がおかしい」と腰を抜かした。「私の常識では評価できない。何が起きたのか分からないほどの強さだった」
 序盤、藤井棋聖が桂取りに金を上がる新手を放ち、悪形とされる「玉飛接近」の陣形から攻撃を仕掛けた。高野六段には「将棋を始めたばかりの子がやりそうな手」とすら映ったが、実は計算ずくの研究手順だった。中盤では一転、攻めに使うと思われた銀を、守備駒として自陣に打ちつけた。多くの棋士の意表を突いたこの手は、最新のAIが6億手を読み、ようやく最善と判断した「AI超え」の妙手として話題になった。

初タイトルを獲得し、対局を振り返る藤井聡太新棋聖(左)。背中は敗れた渡辺明前棋聖=16日午後7時30分、大阪市の関西将棋会館で(代表撮影)

 終盤の仕留め方も鮮烈だった。「まるで作ったかのように、痺れる手筋が次々と飛び出した。真剣勝負で、しかも最強の棋士を相手に、あんな将棋は見たことがない」と高野六段は脱帽する。「いくら藤井さんでも、何年かに1回の出来であってほしい。これが標準だとしたら、勝てる棋士がいないだろう」

◆「コロナ禍で休みとなった2カ月、貴重な時間だったはず」


 新型コロナウイルスの緊急事態宣言で、藤井棋聖は5月末までの約2カ月、対局中断を余儀なくされた。しかし再開後の成績は際立っている。6月以降、16局を指す過密日程ながら、成績は実に14勝2敗。倒した相手も圧巻でA級棋士、タイトル保持者がずらりと並ぶ。内容も充実しており、さらに一段階“覚醒”した感がある。
 同じく中学生棋士としてデビューし、棋士と高校生活を両立させた谷川浩司九段(58)は「学校があると将棋に専念できる期間が短くなる。コロナ禍で休みとなった2カ月は、藤井さんにとって貴重な時間だったはず」と推測する。

◆驚くほど異なる、藤井の強さへの見解


藤井聡太新棋聖(右)が初タイトルを獲得した棋聖戦第4局終局後の対局室=16日、大阪市の関西将棋会館で(代表撮影)

 トップ棋士たちに藤井棋聖の強みを聞くと、驚くほどに見解が異なる。その点が、藤井将棋の規格外ぶりを示しているともいえる。例えば、王位戦7番勝負(東京新聞主催)で挑戦を受けている木村一基王位(47)は「藤井さんの将棋には、常に序盤で新しい工夫がある。普通の棋士なら1回や2回で弾切れになるところを、次々と撃ち続けているのが彼のすごさ。研究量と発想力の両方が備わっている」と、その序盤力に着目する。
 藤井棋聖が更新するまで、タイトル挑戦と獲得の最年少記録を保持していた屋敷伸之九段(48)は「受けの強さがベースにあるのでは」と指摘する。「しっかりと受けてから、少しずつポイントを稼ぐように攻める。形勢が良くなっても、とにかく勝ちを急がない丁寧さが印象的」

◆「エンジンが違う」「局面の認識能力」


藤井聡太新棋聖を乗せ、棋聖戦の会場となった関西将棋会館を出るタクシー。外には大勢のファンが集まった

 攻めの鋭さを挙げたのは、今月6日に順位戦B級2組の対局で初対戦した橋本崇載八段(37)だ。中盤、まだ勝負はこれからという場面で一気の攻めを食らい、終局後に「積んでいるエンジンが違う」と感嘆した。「こっちがとぼとぼ歩いている間に一瞬で抜き去られたような感じ。スピードがすごかった」とのコメントに実感がこもる。
 谷川九段は、その強みを「局面の認識能力」と表現する。「中盤の混沌とした局面において、本質や急所をできるだけ短い時間で、直観的に見極める力が非常に高い」。詰め将棋を解く能力がずばぬけており、終盤力が取り沙汰されることの多い藤井棋聖だが「最近は中盤の能力が急速に伸びたように感じる」。

◆羽生善治九段も絶賛

朝日杯オープン戦本戦で優勝した藤井聡太六段。羽生善治二冠(左)を破った本戦準決勝の対局を振り返った=2018年2月、東京都千代田区

 では、この30年の将棋界を牽引してきた羽生善治九段(49)はどうみるか。2月に両者は王位戦リーグで対戦し、藤井七段が勝っている。感想を尋ねると「序盤の研究、分析の深さを感じた」「中盤で丁寧に読む姿勢はデビュー当時から変わらない強さ」「終盤の切れ味の鋭さが光る将棋が多い」と、絶賛に近い答えが返ってきた。
 普通の棋士ならば指し手の特徴、「棋風」というものが存在する。しかし各棋士の藤井棋聖への評価は、一見、矛盾とすら感じるほどにまちまちだ。序盤巧者、中盤の急成長、終盤の切れ味、一気の攻めに丁寧な受け…。まさにオールマイティーの全能棋士。「弱点が見当たらない」(谷川九段)というのが、棋士たちの共通見解なのである。

◆17歳の棋力の理由は

 では、なぜ藤井棋聖は17歳にして、そこまでの棋力を身につけることができたのか。地頭の良さ、何事にも動じない精神力、誰よりも深い将棋愛など、多くの条件が重なったことは間違いない。ただ、筆者はそれらとは別の要因として、一つの仮説を挙げたい。
 ヒントになったのは、高野六段の言葉だった。藤井棋聖とは2月、順位戦のC級1組で戦っている。昨春に対局の予定がつくと「間違いなく歴史に名を残す棋士。一生に何度もある経験ではない」との思いで、秋ごろから本格的な準備に入った。AIを搭載した研究用パソコンのスペックを上げ、藤井棋聖の得意戦法から派生する変化を一つ一つ検討していった。

順位戦の藤井聡太七段(右)-高野秀行六段戦。勝った藤井七段はB級2組への昇級を決めた=2月、大阪市の関西将棋会館

 その時に実感したのが「藤井さんと戦う棋士は、みんなこれほど気合を入れているんだ」との思いだった。「どの棋士も、藤井さんとの対戦はいい内容が多い。入念な準備をした状態で臨み、決して楽には勝たせていない」
 藤井棋聖にしてみれば、毎局、対戦相手が目の色を変えて全力で向かってくるわけである。それを正面から受け止め続けた経験は、成長の大きな糧となっているはずだ。「相手のエネルギーを自分の力に変えていると思う。そうでなければ、これほど指数関数的な成長の説明がつかない」と高野六段もうなずく。
 高野六段と藤井棋聖の対局も好局となった。終盤にミスがあり「一気に決められた」ものの、中盤までは互角の進行だった。「藤井さんはものすごく強かったが、やれることはできた」と達成感が残った。「年を取り、将棋教室や観戦記などの仕事も増え、対局が最優先というわけではなくなっていた。その自分がこういう将棋を指せる。まだ頑張んなさい、と天に言われている気がした」
 高野六段の前期順位戦の最終結果は7勝3敗。在籍12年目となるC級1組では2度目の勝ち越しで、過去最高の成績だった。藤井棋聖の活躍に引っ張られる形で、「おじさん」棋士も結果を残した。「スターが出れば業界は盛り上がり、周囲にいい影響を与えてくれる。それがスーパースターならば、その業界にとどまらず、世の中をも動かしていく。藤井さんはそういう存在になりつつある」
 藤井棋聖はどれほどの高みへと到達するのか。高野六段は「棋士ですら『どこまで強くなるのか』と期待しているところがある」とも語る。楽しみであるのはもちろんだが、それだけではない。未知なるものを前にした時の畏怖のような感情を抱いているのは、筆者だけではないはずだ。

◆将棋を知らない人も、知る人も

 筆者は2年前、以下のようなコラムを書いたことがある。藤井棋聖が「△7七同飛成」という鮮やかな妙手を指した時の感動を記したものである(その手は、年間で最も優れた新手や作戦に贈られる升田幸三賞を受賞した)。その思いは当時から変わらないどころか、いや増すばかりだ。再掲し、結びとしたい。
 〈将棋を知らない人も、藤井七段をすごいと思うだろう。ただ、将棋を知る人はもっとすごいと思っている。その真価は勝率の高さより、大人びた受け答えより、独創的で斬新な指し手にあるからだ。その「芸術」を鑑賞するために、将棋を覚える価値がある。それほどの才能が、今われらの時代には存在する。〉
 樋口薫(ひぐち・かおる) 東京新聞文化部で2014年から囲碁・将棋を担当。「バン記者・樋口薫の棋界見て歩き」を毎月連載。木村一基王位の史上最年長での初タイトル獲得までの道のりを追った『受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基』(東京新聞)を6月に発売。

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