蓼食う人々 遠藤ケイ著

2020年7月19日 07時00分

◆圧倒的でひたむきな「食う」
[評]中村安希(ノンフィクション作家)

 ジビエ料理が注目されてどれくらいになるだろう。昆虫食のイベントも盛り上がっているらしい。もちろん私も食べた。面白半分で。熊、スズメ、イルカ、野生のキノコ類、バッタにコオロギ、幼虫の数々…。とくにおいしくもないが話のネタにはなったかな、という程度の食べ物だった。だから本書を読み始めたのも、ゲテモノへの覗(のぞ)き趣味からだった。カラスにザザムシ、サンショウウオ、ウミヘビ、それに何だこれ。トウゴロウって?
 著者は地方の山深い村々や僻地(へきち)の漁村を訪ね歩き、国内外の底辺の暮らしに分け入って、そこにあるものは何だって食ってきた、という人である。ただ、ここで語られる「食う」とは、興味本位からの試食や、食文化の探究などといった生ぬるいものではない。辛(つら)い空腹を和らげるための食う、過酷な自然界で生き延びるための「食う」。その圧倒的なひたむきさ、である。
 本書には、その道の名人と呼ばれる人たちが登場する。一回の素潜りで、手掴(てづか)みにしたアユを両手の指の間いっぱいに挟んでくる漁師。雪深い山の斜面を息も乱さず駆け抜け、クマの寝穴を探し当てる猟師。たたき上げの彼らは、その域に達した者にしか分からない感覚によって異次元の収穫を手にする。しかし、獲(と)り過ぎることはない。
 「一ケ所で全部は採らない。なくならないように、チョコチョコつまみ食いしながら歩く」とは、断崖絶壁にロープ一本でぶら下がり、岩茸(いわたけ)を採る名人の言葉である。積み上げられた経験値とは、知恵や技術に限らず、自然に対する畏敬の念や、自らもその一員であることへの義務感をこそ指すのかもしれない。そうして全身全霊をかけて自然と向き合った先にある自然の恵みの、なんとまあ、うまそうなこと!
 ちなみにトウゴロウとは、カミキリムシの幼虫らしいが、串焼きは「上質のチーズのような風味」らしい。なるほど、山の息吹と一体になって食べるものとは、そんな味がするのだろう。ゲテモノだなんて、とんでもない勘違いを恥じつつ読み終えた。
(山と渓谷社・1650円)
1944年生まれ。作家、イラストレーター。著書『男の民俗学』など。

◆もう1冊

遠藤ケイ絵と文『日本の手仕事』(汐文社)。全4巻。子ども向け。

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