心を病んだらいけないの? 斎藤環(たまき)・與那覇(よなは)潤(じゅん)著

2020年7月19日 07時00分

◆大切なのは同意なき共感
[評]香山リカ(精神科医)

 社会で何か起きたときに、「あの精神科医の意見が聞きたい」と誰もが思い浮かべる人、そんな斎藤環さんが、気鋭の歴史学者である與那覇潤さんと対談した本。與那覇さんは双極性障害にともなう重度のうつを経験したとのことで、読む前は「自分の症状について斎藤医師に尋ねた本だろうか」などと思っていた。しかし、それは本書のほんの一部にしかすぎず、家族や友だちから仮想通貨やオンラインサロンまで、まさに「不易と流行」の問題を縦横無尽に語り合った、知的な刺激いっぱいの本である。
 「不易」からひとつあげると、ふたりは「理想化された<標準家族>」のプレッシャーが強まっていることを指摘する。そこで出てくる斎藤さんの提案が秀逸だ。「血縁という『必然』を求めるより『絆なんて偶然でいいじゃん』と割り切ったほうが、連帯が容易になるような気がしているんですよ。」臨床に根差した斎藤さんの言葉に、すっと肩の力が抜ける読者も多いだろう。
 最近の流れを語った中では、AIについての章が抜群に面白い。昨今の「人間はAIに仕事を奪われる」という強迫観念から「人間のAI化」が目指されているが、斎藤さんはそれを「健常者こそが『十全な人間』であり、全員がそれを目指さねばならない」という「根治主義」との類比で語る。すると、與那覇さんは自身の回復の体験から、「『完全に同じ』に戻るんだ!と考えてしまうと(中略)かえって治らなくなってしまいますよね」と応じる。何よりも大切にすべきは、多様な人間性への「同意なき共感」や「条件なしの承認」だという本章の結論は、この本全体の通奏低音にもなっている。
 それにしても、臨床や経験にしっかり根ざされた語り手のふたりの知識と視野の広さには驚かされる。日本にもまだこんな教養人がいるのかとおおいに励まされ、「勉強したい!」という気になる人も多いだろう。発達障害や抗うつ薬についての最新の知見や参考文献名もたくさん出てくるので、メンタルの問題に興味がある人はもちろん、とくに学生にぜひ読んでほしい。 
(新潮選書・1595円)
斎藤 1961年生まれ。著書『中高年ひきこもり』など。
與那覇 79年生まれ。著書『中国化する日本』など。

◆もう1冊

三木成夫(しげお)著『いのちの波』(平凡社スタンダードブックス)

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