週のはじめに考える 負けるな!市民の第九

2020年7月19日 07時33分
 今年はベートーベンの生誕二百五十年ですが、泉下の楽聖も寂しがっておられるでしょう。各地の市民合唱団の「第九」がピンチに陥っているためです。本番は大体年末ですが、練習開始はこの時期。ところが団員募集の停止や公演中止が相次いでいます。
 その原因は、コロナ禍。練習も本番も「三密」を招く懸念があるからです。普通の市民がドイツ語の第九を暗譜で歌う−。コロナはそんな日本独自ともいえる市民文化をも侵食しています。

◆コロナ禍で揺らぐ定番

 第九の日本初演は、今から百余年前の一九一八年でした。徳島県鳴門市で、第一次世界大戦のドイツ兵捕虜八十人が男声合唱を響かせたのです。その後、音楽学校の学生らに歌い継がれました。
 第二次大戦後「うたごえ運動」と「日本勤労者音楽協議会(労音)運動」という社会運動を母体に市民合唱団が生まれます。各地のオーケストラが合唱団を併設するケースも増え、第九は音楽の教科書などで親しまれていたこともあって市民に浸透し始めます。
 それでは、なぜ「第九は年末」なのでしょう。鈴木淑弘著『<第九>と日本人』は、「一年の締めくくりにふさわしい大曲(つまり第九)を演奏したい」というオーケストラの願望を指摘します。そして「合唱団員は家族や知人らにチケットを売ってくれる」「楽団員の年越し資金を得たい」とも分析しています。
 市民合唱団は、市町村合併や高齢化の進行などで団数は減少傾向ながら、例年は十二月だけでも全国で百五十近い演奏会が開かれます。大阪城ホールで毎年行われる「サントリー1万人の第九」など、有名なイベントも。「年末の第九」は定番になりましたが、今、コロナ禍で揺らいでいます。
 六月下旬、愛知県小牧市が拠点のプロ楽団・中部フィルハーモニー交響楽団のホームページに「こまき第九2020合唱団募集停止のご案内」が掲載されました。

◆戻ってくれるだろうか

 「苦渋の決断でした」と同楽団事務局長の大野英人さんは言います。楽団の歴史は二十年ほどとまだ浅く、年末の第九演奏会のために市民合唱団を募集し始めてからは三年目。「地元に根付いた活動で音楽文化を高めたい」との願いを込めた試みは二〇一八年、一九年と大成功が続きましたが…。
 「募集停止」の引き金は「岐阜県内で起きた合唱団クラスター(感染者集団)の問題」と大野さん。特に子音の明瞭な発音が求められる第九では、オーケストラの斜め上で歌う合唱団員から飛沫(ひまつ)が降ってくるので、楽団員も心配。そして、最も恐れるのは来年以降のこと。「終息しても、合唱団員は戻って来てくれるでしょうか」
 団員は集めたものの、練習開始をためらう団も多くあります。愛知県春日井市の市民第九合唱団の事務局によると、団員からは「ぜひやって」との声が届く一方、「家族が歌いたがっているけど、高齢者なので感染が心配」と中止を求める意見もあるといいます。
 全日本合唱連盟(東京)は感染拡大防止のガイドラインで「前後二メートル以上、左右一メートル以上離れる」「マスク着用が望ましい」「楽譜共有は避ける」−などを求めています。連盟未加入の市民合唱団もこれを参考に思案投げ首です。
 年末に向けて、八月ごろには練習を始める必要があり、決断時期は迫りますが、新しい方策を模索する動きもあります。前に挙げた「1万人」は、通常の練習は中止したものの「人と人が分断された今年だからこそ<団結から歓喜へ>という第九の精神を多くの人と共有したい」とオンラインでのリモート練習などを検討しています。
 <(第九の)練習の最初は必ず発声練習で「あっはっはっはっは」とやりますから、いつしか「どこに行くの」「あっは」で会話が成立するようになりました>
 滋賀県彦根市の市民合唱団で第九を歌っていた赤木章嗣さんは、「市民文芸作品」で入選した随筆で書いています。もっぱら音楽を聴くファンでしたが<客席とステージでこれほど感覚が違うのか、という感動を得られた>と、第九を歌う喜びもつづっています。

◆ステージで歌う喜び

 昨年、こまき第九合唱団に参加した元会社員の桜井義弘さんは十年ほど前に、他の合唱団で家族と第九を初めて歌い、やみつきになりました。「最初はがなるだけ。年ごとに『周りの歌声も聴く』など目標ができます」と話し、継続の大切さをにじませています。
 「ザイト ウムシュルンゲン ミリオーネン(抱き合おう、何百万もの人々よ)!」。第九の歌詞の一節です。今も心の中でなら抱き合えます。たとえ今年の練習や本番は無理でも、長い時間をかけて根付いた「誰でも第九」の文化自体は手放したくないものです。

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