中止阻止へ「聖火さえくれば」 延期に安堵も「1年後は神頼み」

2020年7月23日 11時00分

到着した東京五輪の聖火を聖火皿に点火する柔道男子の野村忠宏さん(右)とレスリング女子の吉田沙保里さん。左は組織委の森喜朗会長=3月20日、宮城県東松島市の航空自衛隊松島基地で

<検証・コロナ対策5>
 新型コロナウイルスを巡り、世界保健機関(WHO)がパンデミック(世界的大流行)を宣言した翌日の3月12日。東京五輪・パラリンピックの組織委員会副会長、遠藤利明(70)はギリシャの神殿跡で聖火の採火式に臨んだ。
 古代の衣装を身に着けた女性のトーチに火がともる。感染対策で観客はいないが、遠藤は「日本は感染を抑え込んでいる。この火は国立競技場まで続いていく」と信じて疑わなかった。日本の新規感染者数はまだ、今より少ない1日50人程度にとどまっていた。
 国際オリンピック委員会(IOC)会長のトーマス・バッハ(66)も、式典で「大会の成功に向けて努力を続けていく」と強調した。

◆「IOC委員が延期を言い始めた」

 翌日、2024年大会が開かれるパリを遠藤が視察すると、都知事の小池百合子(68)から電話が入る。「大変な状況になってきた。アスリートやIOC委員が延期だと言い始めている」
 そんな小池の不安を、遠藤も実感する。面会予定の相手から次々とキャンセルの連絡が入り、ギリシャでの聖火リレーが中止になった。
 この日、WHO事務局長のテドロス・アダノム(55)は「今や欧州がパンデミックの中心地となった」と表明する。米大統領のドナルド・トランプ(74)は国家非常事態を宣言した。
 五輪の1年延期が正式に決まるのは11日後。事態は急激に動き始める。

◆「不安になっていた」と五輪相

 新型コロナウイルスを巡り、世界保健機関(WHO)事務局長のテドロス・アダノム(55)が「欧州が流行の中心」と表明した3月13日。五輪相の橋本聖子(55)は閣議後会見で、「中止も延期も一切検討していない」と述べた。後に本紙の取材に「延期なのか、できるのか不安になっていた」と打ち明けたが、当時はその心の内を見せなかった。
 首相の安倍晋三(65)も翌日、「予定通り開催したい」と表明する。大会組織委員会はスポンサー企業に「予定通り」との文書を送った。だが、欧州連合(EU)は17日、感染拡大を受けて域外からの入境制限を発表。各国の選手らから「IOC(国際オリンピック委員会)は私たちの健康を脅かしたいのか」と開催に批判的な声が上がる。
 このころ、都庁内でも「7月に開催できる状況ではない」との声が出始める。世界の感染者数は、WHOが11日にパンデミックを宣言してから1週間でほぼ倍増していた。政府高官は「日本だけ封じ込めができればいい、という状態ではなくなった」と漏らした。

◆日本にとって最悪のシナリオは中止

 大会の準備に投資し、経済効果を期待する日本側にとって、最悪のシナリオは中止だった。それを防ぐため「聖火を日本へ」が政府や都、大会組織委員会の共通認識になる。
 「ギリシャから日本に聖火を持ち込むことを官邸はすごく意識していた」と自民幹部。都幹部は中止の阻止を「重要課題」と認識していた。「聖火さえ日本に来てしまえば、という一念だった」。組織委会長の森喜朗(83)は後にそう語った。
 IOCにとっても中止は資金の激減を招き、リスクが大きい。聖火を載せた特別機がギリシャをたった19日、IOC会長のトーマス・バッハ(66)は「違うシナリオは検討している」と米メディアに明かし、初めて延期を示唆する。
 日本側が待ち望んだ聖火は20日、宮城県の自衛隊基地に到着する。出迎えた組織委副会長の遠藤利明(70)は「日本でやる権利はできた」と安堵した。

◆バッハ会長「1年延期に100パーセント同意」

 24日夜、首相公邸で安倍、森、橋本、都知事の小池百合子(68)らが顔をそろえ、バッハとの電話会談に臨む。安倍は「1年程度の延期」を提案、バッハは「100パーセント同意する」と応じる。安倍は小池らとグータッチ。「2年後だと東京で、という雰囲気ではなくなる」。複数の政権幹部はそう話した。
 一方で、1年後の開催は「チャレンジングだ」(自民幹部)との声も。2009年に日本で流行が始まった新型インフルエンザは、収束宣言まで1年2カ月かかった。日本だけでなく、世界で収束しなければ大会の開催は難しい。森は1年後の開催をこう表現した。
 「神頼みみたいなところはある」(敬称略)

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