反戦の思い、声震わせ 映画「ドキュメンタリー沖縄戦」 ナレーションの宝田明語る

2020年7月23日 08時04分
 第二次大戦末期の一九四五年、沖縄では壮絶な地上戦があった。死者は日米両軍、一般住民を含め約二十万人。この凄惨(せいさん)な戦闘や住民の苦しみを、当時の映像や体験者らの証言などで構成する映画「ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶」(太田隆文監督)が二十五日から、東京・新宿ケイズシネマで公開される。ナレーションを務めたベテラン俳優の宝田明(86)は「戦争の悲惨さを知る自分が平和の大切さを伝えるのは使命」と語る。 (竹島勇)
 激しい空襲、集団自決の記憶を語る女性…。壮絶な戦闘を伝える映像に、それまで冷静だった宝田のナレーションは震え、トーンが高くなる。
 なぜ子どもたちが死なねばならなかったのか。なぜ親は愛する子どもを殺さなければならなかったのか。私たち大人は子どもたちに何を伝えればいいのだろうか。同じ悲しみを繰り返さないためにも−。
 宝田は「淡々と語るべきでしたが、ほとばしるように言葉が出た」と振り返る。それは自身の戦争体験と思いが直結するからだ。一九三四年生まれ。父親が満州(現中国東北部)の国策会社、南満州鉄道に勤務し、四五年の終戦前後はハルビンにいた。
 四五年八月九日、ソ連(当時)が日ソ中立条約を一方的に破棄して満州に侵攻。宝田は、一人で歩いていた日本人女性がソ連兵二人に性的暴行を受けるのを目撃し、自身も脇腹に銃撃を受けた。病院は機能停止状態で、知人の元軍医が裁ちバサミを焼いて消毒し、麻酔なしで銃弾を摘出。激痛で失神した。こうした想像を絶する苦しみを重ね「反戦の思いを形づくった」という。
 宝田の起用について、太田監督は「ナレーションも戦争体験がある人でないと」と語る。宝田が「太平洋の嵐」など、戦争を描いた映画に出演してきたことを挙げ、「それらの経験が沖縄戦をリアルに伝えてくれると考えた」と説明する。
 日本へ引き揚げ後、宝田は東宝ニューフェースに選ばれ「ゴジラ」などに出演。スターとして活躍した。五六、五八年には出演映画の宣伝で沖縄を訪れ、「ひめゆりの塔」で知られる少女たちの悲劇や、日本兵が民間人に壕(ごう)から出るよう迫ったという話などを聞きショックを受けた。「空襲も悲惨だが、日本兵によって命を落とした人がいるなんて」と唇を震わせる。
 六十歳を過ぎた頃から戦争体験を語るようになった。近年は体験を朗読劇「宝田明物語」として上演。「年齢を重ねて伝えなくてはいけないと思うようになった」という。
 「日本には不戦を定めた宝のような憲法がある。その憲法を七十年以上、樽(たる)の中で熟成させているのに、時の総理大臣が樽のタガを外そうとしているかのようだ。近年、平和が脅かされる不安を感じます」。口調こそ静かだが、厳しく批判する。
 「本作は若い世代に見てほしい。親と子で『沖縄の現実を知ろうよ』と足を運んでほしいなあ」

「ドキュメンタリー沖縄戦」から

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